芸術の目的は瞬間の行為の中にしかない 横尾忠則さん×保坂和志さん×磯﨑憲一郎さん「アトリエ会議」②前編

芸術の目的は瞬間の行為の中にしかない 横尾忠則さん×保坂和志さん×磯﨑憲一郎さん「アトリエ会議」②前編

 小説家の保坂和志さんと磯﨑憲一郎さん、美術家の横尾忠則さん。豪華な顔ぶれが横尾さんのアトリエで、ゆるやかにおしゃべりする鼎談「アトリエ会議」。2回目は8月8日に開催しました。話題のひと、文芸誌の連載、夏らしい幽霊の話まで、話題は次々と転がって……。

プロフィール横尾忠則(よこお・ただのり)美術家

1936年生まれ。国内外で個展を開催。2011年度朝日賞。神戸に横尾忠則現代美術館、香川に豊島横尾館。

保坂和志(ほさか・かずし)小説家

1956年生まれ。95年「この人の閾」で芥川賞、2013年『未明の闘争』で野間文芸賞。

磯﨑憲一郎(いそざき・けんいちろう)小説家

1965年生まれ。2009年「終の住処」で芥川賞。13年『往古来今』で泉鏡花文学賞。

磯﨑 手をケガされたんですか。
横尾 (左手を触りながら)ケガじゃなくて指が自然にゆがんできたの。
磯﨑 商売道具なのに。
横尾 手首も腱鞘炎になっちゃった。お医者さんからはしばらく手を使わないように言われちゃった。絵を描く方法がなくなっちゃった。
保坂 原因は?
横尾 わからない。それで指のレントゲンを撮りに病院に行ったの。レントゲン技師が、僕の指をあっちやりこっちやりとひんまげるわけ。そのうち気分が悪くなっちゃってさ。そのまま、ばたっと倒れたの。倒れた僕の中に熱中症が入ってきたみたいで、すごく気分が悪い。外科や内科や耳鼻科の先生が集まってきて、ベッド付きの担架に乗せられて、広い廊下をばーっと走った。走る頃には僕も落ち着いてきてね、「スピードが遅い」「もっと走ってくれ」と自分で思ったの。そんなことを思うのだから、もう大丈夫だろう、と自己診断しました。
磯﨑 絵を描くときに違和感があるんですか?
横尾 このあいだの展覧会のときから違和感があって、新作2点は描けなかった。物と物との境界にうまく線を引けなくなった。溶け合ってしまう。僕としては新しい様式の絵ができた感じ。頭で考えたのではなくて、身体的な欲求でそうなってしまう。一番自然で、いいでしょう。
保坂 はい。
磯﨑 前もそんなお話をされていたような。まっすぐに線を引けない話。
横尾 前は、三半規管がおかしくなって、線が斜めになってしまった。今度は、耳が聞こえない。ひとつの言葉がぶわーっと膨脹する。膨脹して次の言葉と重なってくる。意味わかる?
保坂 わかりますよ。
横尾 同じことが絵で起きた。耳の影響が手に出たのか、考え方で影響が出たのか、よくわからないけれど、新しい絵は全部にじんでいる。僕にとっては新しい様式の発見だけれども、見る人は、下手だなあ、と思っているんじゃないかな。
保坂・磯﨑 ははは。
横尾 でも、もともと下手な絵を描きたいのだからね。なるべく下手が上手に見えるくらいの下手にね。

滝川クリステルが結婚発表直前、アトリエに

横尾 ついこの間ね、この人が来た(滝川クリステルさんの写真とサインを見せて)。
磯﨑 おお。
保坂 7月のサインだ、ホントについこの間だ。
磯﨑 これはタイムリーだ。
(*鼎談の前日、8月7日に滝川クリステルさんと小泉進次郎さんが官邸で結婚を発表していた)
保坂 いや、タイムリーじゃなくて、滝川クリステルは横尾さんに会って今の自分の判断が正しいのかどうか聞きたいという気持ちで来たんだ。
横尾 進次郎と結婚すること? そんなことは言わなかったよ。そこで僕がダメと言って結婚を取りやめにするような人じゃないよ。
磯﨑 横尾さんは彼女とどうして知り合ったんですか。
横尾 なにかの雑誌で、彼女が会いたい人というので僕をピックアップしてくれて、それで来た。
磯﨑 雑誌の取材とかテレビの撮影とかがこの辺りであると、きのう女優の誰それが歩いていた、とか商店街情報ですぐに入ってくるんです。
保坂 成城に住んでいると芸能通になるんだね(笑)。
横尾 僕も街をうろうろしているけれど、ぜんぜん言われないよ。
磯﨑 それは横尾さんが噂されてるからですよ。あそこで横尾忠則を見たって。僕だって知り合う前はそう言ってたもん。
横尾 そういうのに興味があって、磯﨑さんは街をうろうろしているわけ? やっぱり作家は相手の生活に関心を持たないと小説は書けないのかな。
磯﨑 そんなことはないですよ(笑)。
横尾 僕は自分のことしか文章で書かないから。
磯﨑 横尾さんの小説の話をしましょう。
保坂 「文學界」で始まった横尾さんの新連載「原郷の森」を読んできました。
横尾 批評しないでね。

谷崎、荷風……読んでいるのがばれちゃった

横尾 (「原郷の森」は)森に入っていくイメージがあった。
保坂 ダンテ『神曲』の森に重なっていく。最初に三島由紀夫が出てきて。
横尾 うん。三島さんがナビゲーター。実在の人物がキャラクターとして登場するから、その人らしい内容で書かないといけないから、難しいといえば難しい。でも結局ぜんぶ、自分が言っているわけだから、そう難しいとも思っていない。
保坂 永井荷風や谷崎潤一郎が出てきますよね。横尾さんは読んでいたんですか?
横尾 谷崎さんはほぼ全部読んでいる。短編も。永井さんも長編はだいたい読んでいる。忘れているけれどね。永井さんは江戸美術についても書いていますよ(*永井荷風「江戸芸術論」)。
保坂 はい。「原郷の森」は、横尾さんが意外とたくさん本を読んでいる、ということがみんなにばれちゃう。
磯﨑 ははは。
横尾 いま慌てて読み出しています。僕は45歳ぐらいから本を読み出したから、それ以降の読書です。
保坂 谷崎とか永井荷風とか、横尾さんは今まで言ったことないですよね。
横尾 内緒にしていたの。恥ずかしくて、そんなこと言えないじゃない。
磯﨑 でも荷風や谷崎の肖像画は描いていますよね。
横尾 顔は描いた。
磯﨑 そのときに読んだのですか?
横尾 そのときも読んだし、その前からも。永井さんの文明批評のエッセイが好きだった。『あめりか物語』とか『ふらんす物語』とか。フランスの話のほうが僕は好きなんだけどね。
磯﨑 保坂さんも『あめりか物語』はお好きですよね。
保坂 いや。あれは読んでいないかな、拾い読みかな。
磯﨑 あれ?僕がデビューする前、荷風を読めと保坂さんに薦められましたよ。
保坂 それはふつうの小説のことだよ。
磯﨑 そうでしたっけ。
横尾 『墨東綺譚』は読んだでしょう。それと、あの日記がおもしろいですよね。
保坂 『断腸亭日乗』ですね。
磯﨑 「原郷の森」の第1回で、やたらしつこく質問してくる人は誰なんですか。
横尾 誰にしようかな、と思っている。
保坂 誰でもあり?
横尾 同級生みたいなイメージはある。
磯﨑 そこが面白いですよね。
保坂 横尾さんが高松宮殿下記念世界文化賞を受賞したとき、テレビ局のアナウンサーが横尾さんに質問していたでしょう。くだらないことをずっと聞くの。横尾さんにいっぱい質問するけれど、彼は考えていない。考えているふりをしているだけ。横尾さんの絵を見て考えて質問しているのではなくて、何を見ても同じ質問ができるようになっている。
横尾 ……。
保坂 聞こえてます?
横尾 あとで活字になってから読みます。ここで2人が話しているのはときどき聞こえなくて、あとで活字になってわかる。
磯﨑 それじゃ答えられないですね(笑)
保坂 ははは。でも、マラソンの瀬古利彦さんとは対話が通じていましたよね(*Eテレ「SWITCHインタビュー達人達」で共演した)。瀬古さんの声は聞きやすかった?
横尾 瀬古さんはスポーツマンだから、腹の底から声が出ているからよく聞こえる。
保坂 (低い声で)じゃあ我々も、もっと、腹から。
磯﨑 一番よく聞こえるのは姜尚中さんなんでしょ。
横尾 そう、姜さんのささやき方がいいの。瀬古さんは、二人みたいに難しい話をしないから通じるわけ。聞こえないんじゃなくて、内容がわからないの。

すべては「世界平和のため」ということで…

磯﨑 (「原郷の森」を引きながら)「キャンバスの裏には何もない。表が全てだ」。これはアンディ・ウォーホルが本当にそう言っていたんですか。
横尾 そう。
磯﨑 このあたりがいいですよね。
横尾 ウォーホルはいい加減なことを言っている。口から出任せ。
磯﨑 絵を描くことは「つまり奉納だよ」。
横尾 それは、僕の言葉。
磯﨑 そうですよね。
横尾 神社でよく巫女さんが鈴を持って、ちゃんちゃんと舞うじゃない。芸能を神様に奉納している。僕の絵は誰のために描いているのか、考えたけれどわからない。面倒臭いからもう神様のためとしちゃおう、と。
磯﨑 「アートには目的は最初からないの。あるとすれば描くという行為自体の中にしかないの」
横尾 描いている真っ最中しかないんじゃないのかな。描くという行為自体が目的なのよね。
磯﨑 これは保坂さんが言っていることと同じですね。小説も読むという行為の中にしかない。
横尾 目的は彼方にあるようにみんな思っている。目的があって描いていると思っているけれど、そんなものはない。その瞬間の行為の中にしか目的はない。文章でも絵でも音楽でも一緒だと思う。
磯﨑 そういうのをわからない人にはいくら説明してもわかってもらえない。
横尾 鷲田清一さんと山極寿一さんの対談(*『都市と野生の思考』)を読んでいたら、芸術には目的があるのかないのかと話している。そして二人ともわからないという。なぜそんな簡単なことがわからないのかなと思った。目的なんて、ないんだから。答えの出ないまま、その対談は終わっていたけれど。
保坂 それはね、目的はない、と言わずに、目的はあるのかないのかと言っていると話が引き延ばせるでしょう。それが処世術なんです。そこが彼らの仕事なんです(笑)。
横尾 そうか、修行がたりないなあ。あるとすれば、いまこの瞬間の行為、描くということだけが目的。これしかないんじゃないかと思う。何かのために描いているわけじゃない。描きたいから描いている。猫だったら、猫に対する思いで描いている。これから、何のために描いているかと聞かれたら、ぜんぶ猫のために描いています、と言おうかな。
保坂 あとは、世界平和。
横尾 世界平和? それじゃオノ・ヨーコじゃない。
磯﨑・保坂 ははは。
横尾 まあ、間違いではないよね。世界平和のために描いていると言って怒る人はいないよね。
保坂 囲碁で武宮正樹という人がいた。私は世界平和のために囲碁を打っている、と言った。
横尾 囲碁の人がいえば説得力ある。作家の保坂さんが言うよりも。
保坂 野球選手とかね。
横尾 この鼎談は、そういう話はしちゃいけないことになっている。
保坂 そういう話って? 世界平和?
横尾 読者が読んで、なるほどと思わないような話をしないと。読者のためには鼎談していないから。猫のためにはしている。
保坂 読者は猫。これを読む人は、猫に読んで聞かせないといけない。ほらタマちゃん、横尾さんがいいことを言っているよ、と(笑)。
横尾 猫は、言葉はわからないけれど、思いはぜんぶ伝わる。話している方は考えをしゃべっているけれど、猫の方は思いを受け止めているから。考えで通じるわけではない。思いの方が大きいですよ。恋愛するときも相手のことを考えているレベルでは、それは低級な恋愛。思いでいいわけですよ。
磯﨑 そうですね。
横尾 小泉進次郎がさ。
磯﨑 またその話!
保坂 ははは。
横尾 なんて言ったんだっけ。
磯﨑 理屈じゃない、でしょ。
保坂 そりゃそうなんだろうけど、それ以上は言わないの?
横尾 どうして知り合ったのか?
保坂 理屈じゃない(笑)。
磯﨑 単に思い出せなかっただけなんじゃない?
横尾 まあいいや。

天空から「ギルガメッシュー」というすごい声

磯﨑 それより、あの話をしなきゃいけない。
保坂 西太后ね(西太后の写真を見せて)。
横尾 これね!
磯﨑 この写真、西太后では一番有名なのに、なぜ今まで誰も気づかなかったのかというほど横尾さんに似ている。
保坂 そう、これは特別に横尾さんに似ている。
横尾 自分でも僕の顔を西太后にコラージュでいたずらされたのかと思った。
磯﨑 この写真が保坂さんから横尾さんに送られたあと、横尾さんがツイッターでつぶやいたらものすごい勢いでリツイートされて、ぶわっと広がった。
横尾 もっと似ている写真があると連絡してくれた人がいた。レスリングのアニマル浜口の奥さんが僕とそっくりだって。似てたの。でも、西太后の方が似ている。
磯﨑 これまで言われたことはなかったのですか?
横尾 初めて。
磯﨑 ほかの西太后の写真もそこそこ横尾さんに似ている。若いときの西太后も。
横尾 どうして気づいたの?
保坂 テレビの番組で映しているのを見かけて、あれ、似てるな、と。
磯﨑 それで検索して、これが出てきたらびっくりしますね。
横尾 僕は昔、こんなヘアスタイルをしていたから。
保坂 横尾さんが世に知られるようになって60年。まだまだ世の中には知られていないことがいっぱいある(笑)。
磯﨑 似ている人の写真を本人に見せるとたいていは否定されるのに、本人がここまで驚くというのはよっぽどですね。
横尾 僕はそれほどしょっちゅう自分の顔は見ないけれど、もっと僕の顔を見ているカミさんが、僕と区別がつなかったぐらいだからね。なんとなくぱっとこの写真を見せたら、僕が仕事でこんな格好をしたのだと思ったみたい。なんの疑問も持たないで、コスプレをしたと思ったようだ。だから驚きもしないし、面白みも何もない。
保坂・磯﨑 ははは。
磯﨑 世界史で西太后を習ったとき、西太后はめちゃくちゃ怖い人だった。ライバルの側室をどんどん殺していく。受験の知識だからたいていすぐ忘れちゃうんだけど、西太后で唯一覚えているのは、ライバルの側室の手足をもぎとって、酒のかめの中にいれて、「あれがいもむしよ」と言ったという。その怖いエピソードだけを覚えています。
横尾 そんな人なの?
磯﨑 それはどうも西太后ではなくて、中国最初の女性皇帝、則天武后のエピソードで、西太后と混同されて伝説になったみたい。
横尾 僕は西太后に似ていると言われても、西太后について知りたいとは一切、思わない。むしろそんなことは考えたくない。それよりこの間寝ていたら、砂漠の真ん中に僕が立っていて、中近東の格好をしていた。天空から「ギルガメッシュー」というすごい声が聞こえてきたの。ぱっと目が醒めて、いま何言うた? と半分寝ながら、そばにあったティッシュの箱に書き留めた。朝起きたら、ギルガメッシュと書いてある。それはなんだろうと調べてみた。
保坂 ギルガメシュという言葉は知らなかったんだ。
横尾 ギルガメシュは半神半人で、ウルクという今のイラクの場所にあたる街を統治している王様なの。それでギルガメシュに興味を持って、『ギルガメシュ叙事詩』を読んだり、絵の中に描いたり。新聞を見たら、ギルガメシュの展覧会をやっている(*古代オリエント博物館の特別展「ギルガメシュと古代オリエントの英雄たち」)。びっくり仰天。それまで全然知らなかったからさ。
保坂 (携帯を見ながら)横尾さんが砂漠の話をするから、今ね、世田谷の一部で雨。
磯﨑 え?本当ですか?
保坂 世田谷防災メールに入っているから。砧で大雨だって。
(*アトリエの窓の外は快晴)
磯﨑 え? 砧はここから近いですよね。
横尾 砂漠の話ではないですよね。
保坂 砂漠の話をするから雨が急に降った。
横尾 今の話、難しくてよくわからない。
磯﨑 難しくはないですよ。
横尾 難しいよ。雨が降らないから砂漠になるわけでしょう。(※このあと防災メールは誤報だったとわかりました)

(構成・中村真理子=朝日新聞文化くらし報道部記者)

インフォメーションアトリエ会議

 横尾忠則さん、保坂和志さん、磯﨑憲一郎さん、旧知の3人が、2015年から河出書房新社の文芸誌「文藝」で連載していた対談。「文藝」の連載が今春、最終回を迎え、「好書好日」に掲載媒体を引っ越ししました。おおよそ季節ごとに随時、掲載します。


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