小説家の磯﨑憲一郎さんと保坂和志さん、美術家の横尾忠則さん。豪華な顔ぶれが横尾さんのアトリエで、ゆるやかにおしゃべりする鼎談「アトリエ会議」。3回目は冷え込みの厳しい11月29日に開催しました。制作途中の作品を見ながら、自我や悟りへと話題は転じ、とんかつから創作の本質へと急転回して……。

プロフィール横尾忠則(よこお・ただのり)美術家

1936年生まれ。国内外で個展を開催。2011年朝日賞。神戸に横尾忠則現代美術館、香川に豊島横尾館。

保坂和志(ほさか・かずし)小説家

1956年生まれ。95年「この人の閾」で芥川賞、2013年『未明の闘争』で野間文芸賞。

磯﨑憲一郎(いそざき・けんいちろう)小説家

1965年生まれ。2009年「終の住処」で芥川賞。13年『往古来今』で泉鏡花文学賞。

――横尾さんのアトリエに制作途中の大きな絵が2点ある。絵を見ながら。

横尾 これは、寒山と拾得。中国のお坊さんですよ。
保坂 首つりの輪が描かれているのは?
横尾 自我を殺すんです。自我を殺して、自我がなくなった人なんです。
磯﨑 今までとタッチが違いますよね、全体に暗い。
横尾 仕上げようという気持ちがなくなってきたのね。めんどくさくなってきたの。
磯﨑 今日はその話をしましょう。
保坂 (もう一つの制作途中の絵を見ながら)こっちも同じイメージですか?
横尾 そう、寒山拾得。作為のないものを描きたい。小説もそうだけど、絵も作為だから。
保坂 制作期間は、どれぐらいかかるんですか。
横尾 昨日は神戸(横尾忠則現代美術館)でこれと同じぐらいの大きさの絵を2枚、4時間ぐらいで描きました。
磯﨑 公開制作ですか?
横尾 そう。お客さんがたくさんいるから、お客さんの手前、怠けられなくて。
保坂 4時間で2点?
横尾 正味の時間はそれほどかかっていない。3時間ぐらいでしょうね。
保坂・磯﨑 へえ。

黒澤映画を断った高倉健は随縁を逃した

(それぞれ座って)
横尾 耳が悪くて、自分の声が聞こえなくなってきた。めりはりのあるしゃべり方をしないと自分で聞こえないのだけれど、めりはりのあるしゃべり方は普段の僕と違うなあと思う。その自分にコンプレックスと、あれ、なんだっけ。普通によく使う言葉、あれ、あるじゃないですか。なんだっけ。えーと。あ、ストレス!
磯﨑 ストレスという言葉が思い出せないのは・・・
保坂 そういうことはよくあるよ。最近、人と会っていて、目の前の親しい人の名前がふっと出なくなることがある。出てこない時間は2、3分なんだけど。
横尾 それは良い傾向なんじゃないですか。どんどん忘れていく。悟りに近づいていくとそうなる。余計なものを捨てていって、最後に悟性だけがぽんと出てくる。
保坂 悟性って、仏教語だと意味が違うんですよね。一般の言葉では、知性、理性、悟性というじゃないですか。
横尾 霊性という言葉は、鈴木大拙がよく使うから仏教語かなと思うけど、仏教語じゃないと思う。明日出る新聞の書評(11月30日付)で、随縁という言葉を使ったんですよ。

保坂 はい。
横尾 こんなお勉強会みたいな鼎談はやめましょう。
保坂 えー、随縁だけは教えてくださいよ。
磯﨑 ここまで言ったからには。
横尾 新しいものを試みたり、新しい仏の縁によって生き方を求めることで新しい縁が生起するんです、えーと(隣を見て)誰だっけ。
保坂 保坂さん(笑)。
磯﨑 まさしく、今言っていたことですね! 目の前の人の名前が出てこなくなっている。
横尾 新しいチャンスが保坂さんにやってくることがあるじゃないですか。保坂さんはそのチャンスを受け入れるか、どうしようかと悩むか。
保坂 縁に随うか、ですね。

横尾 自然に入ってくる縁は受け入れたほうがいいわけです。随縁という言葉、これは仏教用語です。黒澤明さんは「影武者」で高倉健さんを使いたかったんですよ。でも健さんは主役じゃないからと断っちゃったんです。健さんにとっては随縁。ものすごいチャンスだったんです。新しい生き方が出来るチャンス。黒澤さんの映画に出ることで、次に健さんが主役の映画が作られる可能性だってあるじゃないですか。黒澤さんの映画に出たっていうだけで、一躍、国際スターになる。主役じゃないからと断った健さんは、随縁を逃した。まあ例えていうとこーいうことです。

保坂 でも、今は黒澤さんより健さんのほうが存在感があるんじゃないですか?
横尾 世界はそんな見方はしない。
保坂 やっぱり黒澤?
横尾 黒澤。
磯﨑 「影武者」っていつごろですか、1980年ぐらい?
横尾 勝新太郎さんが出る予定だった。勝新さんがスタジオにビデオを持ち込んだために、黒澤さんが、余計なことやってくれるなと怒った。黒澤さんもすぐにかあっとくるからさ。やめてしまえ、と。大事なことをすぐに決めちゃうんだよね。
磯﨑 あれは勝新が降りて、仲代達矢になったんですよね。
横尾 勝新が降りたのか、黒澤さんが降ろしたのか、そこは微妙だね。時間的には1分ぐらいだからね。勝新さんはごてたらなんとかなると思った。しかし、ごてる勝新を引き戻すのは、黒澤さんのプライドが許さない。ああどうぞやめてくれとなって、勝新はびっくりしたわけ。バスの中で勝新ともめて、東宝のスタジオの中を歩く20歩ぐらいの間に、黒澤さんは仲代さんに決めたわけ。
磯﨑 でもよく仲代さんのスケジュールが空いてましたよね。今の沢尻(エリカ)問題じゃないけど、普通は空いてないでしょう。
保坂 空けたんじゃない?
磯﨑 空けたのか。黒澤さんの映画に出たほうがいい、と。僕は、60年代から70年代ぐらいの当時、その人がどれぐらいの大物だったのか、実感としてはわからない。後の時代の情報で見誤っている可能性がありそうです。

横尾 黒澤さんの「羅生門」がベネチア国際映画祭で金獅子賞を取ってから、世界が日本の映画に注目し始めた。映画界が芸術家を世界に紹介するきっかけを作った。ほかのジャンルのアーティストで、そこまで評価される人はいなかった。
磯﨑 京マチ子はたくさん海外の賞を取っていますよね。
横尾 京さんも「羅生門」に出たから注目された。
磯﨑 僕らが子どもの頃、京マチ子はテレビにはあまり出ていないから、そのあたりの感じがよくわからなかったですね。
横尾 健さんが「影武者」に出ていればね。もちろん健さんは存在感があるんだけれど、黒澤さんによってもっとグローバルな俳優に、世界的なスターになっていたんじゃないかな。
保坂 70年代、僕は大学生でしたが、黒澤はもう時代遅れの感じがしていました。黒澤さんは、「影武者」の前は、「デルス・ウザーラ」(75年)、その前もあいている。
横尾 その前は「どですかでん」(70年)かな。カラーで撮ったんですよね。
保坂 あまり評判にならなかった。大がかりなことをする時代錯誤の人、という感じがしていた。
横尾 黒澤さんはその頃、自殺未遂をしていて、それがものすごく影響している。
磯﨑 へえ。自殺未遂はどうして?
横尾 「暴走機関車」で黒澤さんのプランがうまくいかなかった。
磯﨑 作品が失敗だった?
横尾 映画を作る前に失敗した。アメリカ側のプロデューサーが出す注文に、黒澤さんは応えられなかった。
磯﨑 70年代にいけてた監督って、例えば誰なんですか。
保坂 70年代は小さい世界、小さなものが受け入れられていた。日本では日活ロマンポルノ、アメリカはニューシネマ。今までの大がかりな映画はそこでは批判される。ゴダール以降ですね。僕はまるまるその流れで映画を見ているので、大がかりな映画に関心を示していない。健さんは全共闘のカリスマみたいな存在でもあった。そこから10年はたっていたけれど。
横尾 健さんは「日本俠客伝」からヤクザ映画でブレークして、でもヤクザ映画は食傷気味になっちゃって。
保坂 健さんは健さんで、深作欣二の「仁義なき戦い」のセミドキュメンタリー的な路線に追いやられていた。

横尾 きょう外が寒いから食事は出前にしない?
保坂 いいですよ。
磯﨑 出前といえば、Uber(ウーバー)って知ってますか? Uber Eats(ウーバーイーツ)。
横尾 ウーパールーパー? どういうの?
保坂 初めて聞いた。

――スマートフォンで注文すると、近くの登録している一般の人が配達員として届けてくれるそうです。

横尾 健さんの話が出前の話になるって面白いよね。こんな座談会ないんじゃないの。

――ないから、載せてるんですよ。

磯﨑 配達するのは素人?バイクじゃなくて、歩いてもいいの?
保坂 配達料が1件いくら、と入るのか。
磯﨑 もともとタクシーの代わりだったんですよね、アメリカでは。
保坂 とにかくこれからはマッチングの知恵だね。文学賞も、選考委員のシステムをやめてマッチングにすればいい。
磯﨑 どことどこのマッチング?
保坂 書いた人がいて、読む人がいて、それならここに載せられる、と。大変だなあ、大変なのはだめだ。

小説を書くことは手作業、手仕事である

保坂 今度の僕の小説(横尾さんにゲラを見せる。「群像」新年号の短編特集「UFOとの対話」)
横尾 こんなの書くの?UFOのことなら僕に聞けばいいのに。
保坂 小説だから。
横尾 僕の「文學界」での連載小説「原郷の森」にもUFOが出てきますよ。
保坂 これは僕のUFO。
横尾 保坂さんのUFOは猫みたいなものでしょう。
保坂 いや、ぜんぜん(笑)。
横尾 文芸誌にUFOという活字が載るだけで、知性の人はびっくりするだろうね。

磯﨑 (保坂さんの新刊)『読書実録』(河出書房新社)の話をしましょうよ。今、保坂さんは、過去は現在と共存している、ということをずっと考えていますよね。
保坂 それだけか。
横尾 アートはそうですよ。
磯﨑 そうだ、きょう横尾さんに最初に言おうと思ったんです。「文學界」12月号で保坂さんが「夜明けまでの夜」でこう書いています。アウグスティヌスの言葉を引いて、「感覚器官はむしろ人を神から遠ざける」と。五感が鈍くなればなるほど神に近づけますよ。
横尾 それはそうよ。五感が全部なくなれば第六感しかないんだから。五感は肉体感覚だから。僕は耳がだめでしょ、鼻は慢性の鼻炎でしょ。目もいっぱい病気があるんですよ。
磯﨑 目だけは良かったんじゃないんですか。
横尾 目も悪い。めがねをかけないといけないの。煩わしいから、かけないけれど。近眼と遠視、飛蚊症、それと色弱。
保坂 色弱?
磯﨑 それはまずいじゃないですか。
横尾 まずいんですけど、商売柄にはいいんですよ。
磯﨑 自分が描いている色はどう見えるんですか。
横尾 どう見えるかは主観的な問題だから、僕の見え方と磯﨑さんの見え方は違うかもしれない。アンディ・ウォーホルは60年代、真っ黒な眼鏡をかけていた。その後、だんだん素通しの眼鏡になるんだけど。ウォーホルは電気が暗いファクトリーの中で、シルクスクリーンのインキをこねて自分で刷っていた、その現場を見たことがある。サングラスを通した色、彼にとってサングラス越しに良いと思う色で刷る。刷り上がって、サングラスを外し、おお、と自分で驚く。チャンス・オペレーションみたいなものを期待してやったんじゃないかな。僕がウォーホルを訪ねたとき、彼は電話でしゃべりながら、お茶を飲み、新聞を広げていた。ああ、とか、やあ、アイシンクソー、とかしゃべっているけれど、途中で、電話の相手はいない、と気づいた。お芝居をしているだけで、電話はつながっていない。ポーズです。それを僕に見せることで、神話が生まれると思っているわけ。新聞だって読んでいない。コーヒーも飲んでいるかどうかわからない。でも芸術行為の前段階として、面白いですよね。自分自身が信用できないんですよ。自分の理性が。外部から与えられる他力を利用して、作品を作っているんじゃないかな、と僕は思うんですよ。

磯﨑 横尾さんは、目はいいのだと思っていました。でも視覚の記憶力はいいじゃないですか。見たものの色などをよく覚えているって言ってましたよね。
横尾 覚えているけれど、それは磯﨑さんが覚えている程度だと思うよ。
磯﨑 それはすごいのかひどいのかよくわからないです(笑)。
横尾 この間ラジオに出たときに、アナウンサーの人が「ゴッホはものすごい世界を見ていたんですね」と言うから、「そんなことないんじゃない」と言ったら、「いや、ゴッホの絵を見ると世界がうねっているでしょう。ああいう風にゴッホには見えていたんですかね」と言う。あんなふうにうねっている世界に放り込まれたら、歩くこともできないじゃない。それは絵画の上でのリアリティーであって、何を言ってるんだろうと思った。そうだったら大変ですよ。成城が全部セザンヌみたいになったら、怖くて歩けないでしょう。セザンヌの空白にはボコボコの穴が空いていて、みんなその空白の中に落ちていく。
保坂・磯﨑 ははは。
横尾 セザンヌの色がぬってないところは、向こう側にどーんと落ちてしまうよ。
磯﨑 画家は見えているものが普通の人とは違うと思われているのですね。
横尾 見えているものは同じ、描くものが違う。どう表現するか。メンタルの部分と技術で再構成されていく、それが創造じゃないですか。見えたものをそのまま写すのは創造でもなんでもない。
保坂 見えているのはみんなと一緒だけど、それを描こうとするとき、見たとおりに描こうとしているのに、ああなるんじゃないですか?
横尾 ああなるんだけども、確かに。
保坂 手が不自由なんですよ。
横尾 それはね、そういう考え方をしたらだめですよ。
磯﨑 僕も普通のものが見えているんだろうけど、絵でも小説でも、描いたことによって現実のほうが変わる、ぐらいのものを描こうとしている、ということはある。
横尾 そんな観念的な。
磯﨑 描いた前と後では現実が変わる、ということはたぶんある。
横尾 絵描きはそんなややこしいことは考えないですよ。頭の中に脳があるなんて思っていない。脳は指の先にある。頭で考えたものを再現することは不可能なんです。頭で考えたことは、言葉でも表現は不可能じゃないですか。磯﨑さんは、小説の対極にビジュアルなものや絵画みたいなものを置いているでしょう、それは面白いんですけどね。
磯﨑 対極じゃなくて、僕の場合は絵も小説も同じなんですけどね。
横尾 磯﨑さんみたいな考え方をする人は、あまり小説家にいないんじゃないの。
磯﨑 小説家に向いていないのかもしれませんね(笑)。
横尾 美術家のような感性で話をしているから、小説を辞めて絵を描いたら?
磯﨑 そうなんですよ。僕が書いているのは絵なんじゃないかな、と。言葉で届かないようなところに言葉で行こうとしているから、もどかしさを感じる。言葉をやめちゃえばいいのかもしれませんね。保坂さんが『読書実録』のあとがきでこう書いています。「小説家にとって小説を書くということはまず何より手作業、手仕事である」。小説家は頭で書いていると思われているけれど、手作業という言葉がしっくりきます。

横尾 手作業というのは職人だから。文学者や芸術家として認識するよりも、職人として認識できる。画家の場合もそうですよ。ルネッサンスの時代は、ダ・ヴィンチなんて芸術家だと思っていなかったわけだからね。職人だったわけです。貴族や王様から発注されて、それに応えていただけだからね。
磯﨑 かいているときの感じがあるじゃないですか。絵でも小説でも。
横尾 そんな難しいことはね。今の時代の小説家や芸術家が考えているような概念では、描いていなかったと思うんですよね。もっと現実的に、お金がほしいとか。誰かと競っているわけでもないんですよ。ダ・ヴィンチとミケランジェロが競っているというのは20世紀の評論家が言い出したことであって。
保坂 19世紀までは写実が中心だから、今みたいな個性の出し方は考えていないですよね。ワザを競う、というところはありますよね。
横尾 日本も狩野派みたいなのがあって、そこに親分がいて、お弟子さんがたくさんいて、親分のスタイルをそのままお弟子さんが踏襲していく。違うことをやったら破門されちゃう。
磯﨑 まさしく職人ですよ、職人。
横尾 曽我蕭白も伊藤若冲も、破門されたタイプですよ。
磯﨑 そうなんですか。
横尾 そうじゃないと円山応挙みたいな絵になっちゃうわけ。
保坂 円山応挙みたいな絵って?
横尾 アカデミックな絵です。芸術家というより職人。自分のスタイルを作ろうというのはなかったと思いますよ。でも今の我々はそれをスタイルとして見てしまいますよね。
磯﨑 葛飾北斎はどうですか。
横尾 彼らと比べると北斎はもう少し近代的ですね。北斎には、いまだに西洋の人たちは驚くんですよね。
(構成・中村真理子=朝日新聞文化くらし報道部記者)

インフォメーションアトリエ会議

 横尾忠則さん、保坂和志さん、磯﨑憲一郎さん、旧知の3人が、2015年から河出書房新社の文芸誌「文藝」で連載していた対談。「文藝」の連載が今春、最終回を迎え、「好書好日」に掲載媒体を引っ越ししました。おおよそ季節ごとに随時、掲載します。