現代美術の作り手と向き合うドキュメンタリーを手がけてきた映像作家の中村佑子さん(43)が、初めての著書『マザリング 現代の母なる場所』(集英社)を出した。自身の妊娠出産や育児、母親の介護といった実体験をもとに、人が人に寄り添う「ケア」の営みにかかわる人々に話を聞いた。私的体験と社会を見渡す視点を行き来する哲学的、文学的思索が詰まっている。

 中村さんは、哲学系の編集者を経て映像制作に携わり、映画「はじまりの記憶 杉本博司」(2012年)や「あえかなる部屋 内藤礼と、光たち」(15年)の監督も務めてきた。16年に1児を出産。今回の本では、妊娠出産期に自ら体験した母子一体の心身の感覚を手がかりに、弱い命に寄り添う「母」の孤独と疎外感を不可視化してしまう現代社会のあり方を考えた。取材対象は音楽家の寺尾紗穂さんや情報学研究者のドミニク・チェンさんら幅広い。

 中村さんは、我が子と向き合うなかで「生命の根源に触れながらも死の影、消滅の気配を同時に感じた」という。「コロナ禍でも、人の身体の脆弱(ぜいじゃく)性や可傷性が明らかになりましたが、それは逆説的に、現代社会が人の傷つきやすさを疎外してきたからなのではないか」

 文芸誌「すばる」連載の書籍化に当たり、『マザリング』と改題した。英語のMotheringは、性別を超えてケアが必要な相手に手を差しのべる行為全般を指すという。「病や死といった人の弱さは根源的なもの。ケアとはそうした弱い生命や身体に『ただ、生きていてほしい』と願うことです」。「母」の定義を問い直し、ケアをめぐる普遍的思考を模索した書だ。(大内悟史)=朝日新聞2021年1月13日掲載