お話を聞いた⼈岡崎琢磨(おかざき・たくま)

1986年福岡県生まれ、京都大学法学部卒業。2012年に第10回「このミステリーがすごい!」大賞隠し玉に選出された『珈琲店タレーランの事件簿』でデビュー。同作は第1回京都本大賞も受け、シリーズ累計200万部を超える人気に。他の作品に「道然寺さんの双子探偵」シリーズ (朝日文庫)、『春待ち雑貨店ぷらんたん』(新潮社)、『夏を取り戻す』(東京創元社・ミステリ・フロンティア)『下北沢インディーズ』(実業之日本社)など多数。

*記事の最後にインタビュー動画があります

「毎日物語を読む」仕事の真意は

 5月に『貴方のために綴る18の物語』、6月に『夏を取り戻す』(創元推理文庫)、7月に『Butterfly World』(双葉社)と3カ月連続で作品を発表する岡崎さん。「狙って連続にしたわけではなかったんですけど、お祭り感があっていいのかも」と笑う。

 第一弾となる『貴方のために綴る18の物語』は、書籍や雑誌の取次会社トーハンが刊行する読者向け出版情報誌「新刊ニュース」で連載されていたショートショートを元に構成された物語だ。主人公は京王線笹塚駅のホームに佇んでいた赤塚美織。突然、老紳士に声をかけられ、原稿用紙約20枚分の短い物語を1日1話、全18話読んでノートに感想を記すだけで143万円の報酬が得られるという奇妙な仕事を持ちかけられる。あまりにも胡散臭い話に一旦は断りかけるものの、結局は引き受けた美織。毎日郵送で届く物語が意味するものは? そもそも、誰がどんな目的でこのような仕事を依頼してきたのか? と謎が謎を呼んでいく。

 読み手も美織と同じように、一話ずつ物語を読み進めていくことになる。登場人物は小学生、高校生、大学生、老夫婦、有名俳優などとさまざまで、舞台は現代だけでなく近未来のものも。短いストーリーに潜む謎を自分なりに推測しつつ、毎日物語を読み続ける仕事の真意にも思いを巡らせる。入れ子構造のような構成で、どんどん作品の世界に引き込まれていく。

恋愛をテーマに、手を変え品を変え

 「実はこれ、はじめからこういう構成で書こうと決めていたわけじゃなくて。最初からこの設定だったらこんなショートショートは書かなかっただろうなと思います」

 「新刊ニュース」から依頼された連載の話を受けたのは、岡崎さんがデビュー時からずっと書き続けていた状態を一旦リセットし、新たな気持ちで小説に向き合おうとしていた時のこと。恋愛にまつわるショートショートを書くことに決め、あえて意図的にさまざまな年齢層の人物を登場させ、SFにも挑戦した。

 「ショートショートを書くこと自体は初めてではありませんでした。でも、ショートショートの連載は新しい作風を試す場になると思って、手を変え品を変え、いろんな話を書いてみることにしました。連載の終盤になってどうやって1冊にまとめようかと考えた時、ただのショートショート集にしたくなかったので、自分なりに考えた結果、このような形になりました」

 編集者には「テーマを恋愛にするだけでなく、それぞれのショートショートをつなげる何かがあったほうがいい」と言われたが、岡崎さんは「なるべく枷のない状態で書きたい」と考えた。後になって、謎の老紳士が1日1話の物語を読む仕事を持ちかける、という構成にしたからこそ、各話は見事にバラバラで、読み手を翻弄することになる。

 「物語の中には後味の悪いものもあるのですが、全体の構成を先に考えていたら、おそらく前向きな話しか書けなかったかもしれないので、最初に縛りがなくてよかったなと思いました」

まだ知らない愛の形があると信じたい

 美織が17話の物語を読み終わった後、最後の18話で思いもよらない展開になるのだが、18話分の登場人物たちそれぞれの愛の行方に、読み手も人を愛することについて考えずにはいられなくなる。

 「この物語はさまざまな愛の形を描いていますが、一人の人間が知っていることなんてたかが知れていて、自分が思っているよりももっとたくさんの形があるものです。若い時ほど人生を悟ったような気になりますが、ぜんぜんそんなことはなくて、予想しない方向に転がることもある。読んでいる人がそういうことに気づくきっかけになったらいいなと思っています。僕自身はこの歳まで独身で生きてきて、つまり、過去の恋愛に全部失敗してきたってことになります(笑)。でも、自分にとってもまだ自分の知らない愛の形があると信じたいところがあって、その願望や希望を投影しているのかもしれません」

 デビュー以降、怒涛のように小説を書き続け、2019年7月に連載をまとめた『下北沢インディーズ』(実業之日本社)が発売された時、岡崎さんは「ああ、これでようやく一本ずつ専念できる」と実感したと振り返る。デビュー作がヒットするという、小説家としてこの上ない幸先のいいスタートだった反面、小説に書くことに真摯に、丁寧に向き合いたいという葛藤が常につきまとっていた。

 「デビュー作が売れたのは恵まれていたと思うし、そのお陰で今の立場があるわけですが、登場人物のキャラクターが際立つ“キャラ文芸”を書く一方で、ちょっと違うなという違和感がずっとありました。だからそれを変えていくために、連載をやめたり、長編を書いたりといろんなことをやってみたんです。作家としての僕を振り返った時、2019年までをデビュー作のヒットとその呪縛からの脱却という“第一章”で、2020年からは意識が変わって“第二章”に入ったような感じです。今の状態になってからは仕事が本当に楽しくて、『貴方のために綴る18の物語』も、気持ちを切り替えてから向き合えた作品なので、すごく前向きな気持ちでこの本を送り出せます」

第二章は「傑作しかない!」

 デビュー作から共通して存在しているのが、“日常の謎”というミステリ要素。本作で描かれている恋愛もまた、相手の本心、相手が隠していること、誰にも明かせない自分の気持ちなど、さまざまな謎が潜んでいる。“第二章”に突入しても、岡崎さんがミステリを書き続けることには変わりはないという。

 「ミステリはアイデアがとてもいい形で結末まで進められると、隙間なく荷物が収まったような快感があります。この快感は唯一無二のもので、これを知ってしまった僕は小説を書き続けるしかないと思っています。 僕の“第二章”は、『傑作しかない!』と意識的にハードルを上げて宣言してみることにしています(笑)」

 ショートショートの集合体でありながら、全体が謎に包まれた『貴方のために綴る18の物語』は、今までにない新たな形のミステリでもある。岡崎さんの“第二章”はまだ始まったばかりだ。