「探究する精神」 [著]大栗博司

 著者はカリフォルニア工科大学教授で世界的な素粒子理論物理学者。前立腺がんが見つかったことを契機に(幸い全快された由)、自分の半生を振り返りながら物理学発展史を織り交ぜつつ、科学を研究する意義を存分に語ってくれた。
 岐阜で生まれ育った著者が子供の頃、名古屋の中日ビル展望レストランから眺めた地平線をもとに地球の大きさを予想したエピソードが冒頭で紹介される。
 これが数学を使って世界を知るという著者の原体験だった。小学生になると、柳ケ瀬の書店、自由書房に入り浸り、自分の頭で考えるための基礎知識が本を通じて得られることを知ったそうだ。本書には、超読書家である著者が影響を受けた本の紹介がちりばめられており、若者に向けた読書案内ともなっている。
 例えば集英社の『なぜなぜ理科学習漫画』全12巻は、私も小学生時代に熟読したもので、思わず懐かしさがこみ上げてきた。これ以外にも若い頃に読んだ本がかなり共通していることに驚いた。では彼我(ひが)の歴然とした違いはなぜか。
 むろん天性の才能の違いは言うまでもない。しかし著者のすごさは、常にその先を眺め続ける視座の高さにある。
 単に興味のあるテーマを研究するのではなく、よりインパクトが強い普遍的な難問をどこまでも貪欲(どんよく)に追究する姿勢。知己を得た研究者からすべてを学び吸収し尽くす好奇心。優れた研究者であるのみならず、社会への発信、財団からの支援、人材育成、国際共同研究の推進など、世界を股にかけた著者の八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍の数々から、基礎科学の意義が浮かび上がる。
 私も数多くの尊敬すべき研究者を知る機会に恵まれてきたが、これほどのスケール感の学者は唯一無二かもしれない。にもかかわらず、本書の記述は著者の信念に裏打ちされた謙虚さに満ちあふれている。基礎科学を目指す若者はぜひ著者に続いてほしい。
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おおぐり・ひろし 1962年生まれ。東京大特任教授、米カリフォルニア工科大教授。著書に『重力とは何か』など。