お話を聞いた⼈新井洋行(あらい・ひろゆき)絵本作家、デザイナー

1974年生まれ。東京都出身。東京造形大学デザイン科卒業。主な絵本に『れいぞうこ』をはじめとする「あけて・あけてえほん」シリーズ(偕成社)、『いろいろ ばあ』(えほんの杜)、『おやすみなさい』(童心社)、『ちゅうちゅうたこかいな』(講談社)、『しろとくろ』(岩崎書店)、『いっせーの ばぁ』(KADOKAWA)、『おばけと ホットケーキ』(くもん出版)などがある。

“こわがりやさん”のための絵本

―― 新井さんは『れいぞうこ』や『いろいろ ばあ』など、0〜2歳児向けのシンプルな絵本や、おもちゃ感覚で楽しめる絵本を数多く手がけてこられましたが、『かいじゅうたちは こうやってピンチをのりきった』は打って変わって、子どものメンタルヘルスにまつわる絵本です。どのようにして生まれたのでしょうか。

 不安や恐怖への向き合い方、というテーマに行き着いたのは、担当編集者さんとのやりとりがきっかけです。

 この絵本の編集は、フリー編集者の沖本敦子さんが担当してくれました。沖本さんは『』(かがくいひろし・作)、『』(鈴木のりたけ・作)、『』(ヨシタケシンスケ・作、いずれもブロンズ新社)など、僕も大好きな絵本をいくつも担当されていて、いつか一緒に絵本作りがしたいなと思っていたんです。

 はじめは他の絵本のラフを見ていただいたんですが、なかなか形にならなくて。沖本さんと話すうちに、もっと自分の内側の、自分らしさあふれる作品が求められているような感じがしたんですね。これまで僕は、自分の娘や友人の子どもなど、子どもたちの喜ぶ顔を思い浮かべながら絵本を作ることが多かったんですが、今回は自分の内面ととことん向き合って、自分が表現したいものを作ってみようと思うようになりました。

 そこで思いついたのが、“こわがりやさん”のための絵本。僕自身、人前で話すのがこわくて、極度に緊張してしまうタイプなんです。講演会なんて引き受けた日には、何か月も前からゾワゾワしっぱなしで、終わったあともぐったりしてしまうほど。そういった不安や恐怖とどう折り合いをつけたらいいかを絵本にしようと思って、ラフを作って見てもらったところ、沖本さんも相当なこわがりやさんだったようで、ものすごく共感してくれて。「ぜひ一緒に作りましょう!」ということで、絵本作りがスタートしました。

「かいじゅうとドクターと取り組む 1 不安・こわい気持ち」として出版された本作。新井さんの頭の中ではすでに続編ができあがっているという。『かいじゅうたちは こうやってピンチをのりきった』(パイ インターナショナル)より

不安や恐怖を味方につける

―― 絵本では、不安や恐怖を感じたときに現れる“ゾワゾワちゃん”と向き合い、仲良くすることで、心を落ち着かせるようにとアドバイスしています。これは新井さんご自身の対処法ですか。

 僕は、緊張したり不安になったりすると、いつも右肩のあたりがゾワゾワするんです。大人になってからは、その感覚を“ゾワゾワくん”と名付けて、自分の中でキャラクター化していました。ゾワゾワしたら、「来たぞ来たぞ、ゾワゾワくんが来たぞ……」と意識することで、気持ちが落ち着くからです。

 絵本では、“ゾワゾワ”とどう付き合えば穏やかな日常を過ごせるか、試行錯誤の末にたどり着いた僕なりの対処法を、わかりやすく描きました。“ゾワゾワちゃん”をよく見ること、深呼吸すること、ときには一緒に散歩したり、休んだり、誰かと“ゾワゾワちゃん”を紹介しあったり……といったやり方です。

 僕の右肩に現れる“ゾワゾワくん”は、黒くてドロドロした怨念の塊みたいなイメージなんですが、さすがにそのままだと仲良くなれそうもないなと思って、絵本の“ゾワゾワちゃん”はちょっとかわいく、ピカピカ光る星のようなキャラクターにしました。

かいじゅうたちに囲まれた、黄色いキラキラしたものが“ゾワゾワちゃん”。不安や恐怖を感じたときに生まれる。『かいじゅうたちは こうやってピンチをのりきった』(パイ インターナショナル)より

―― 精神科専門医の森野百合子さんが監修を担当されています。

 子どものメンタルヘルスの絵本なので、誠実で間違いのない本になるよう、児童精神科医の森野先生に監修をお願いしました。だいたいのラフができた時点で見てもらったのですが、病院で行われる治療法とも合っているということで、太鼓判をいただきました。巻末には「こわがりやさんのためのノート」と題して、森野先生からのメッセージを載せています。

 ストレスや苦手なことからは、遠ざかっていた方がいいのか、それとも克服すべく努力した方がいいのか――僕自身、正解がわからずにいたので、森野先生に質問しました。森野先生の回答は、「逃げると不安が大きくなって、手を付けられなくなってしまうこともあるので、無理のないよう、自分の限界をはかりながら上手につきあっていくのが良いです」。自分の考えと合っていたので、うれしかったですね。

 森野先生は「苦手なことは、本人が気にしているほど他人は気にしていなくて、逆に人の苦手な部分を見て好感を抱くことも多い。苦手なことがあっても、それを含めての自分を肯定できると良いですね」ともおっしゃっていました。今年2月に出版された僕の絵本『すきなこと にがてなこと』(絵・嶽まいこ、くもん出版)も、苦手なことを受け入れつつ、周りの人と補い合っていくお話。あわせて読んでもらえたらうれしいですね。

100種類のかいじゅうが登場

―― 登場キャラを人間や動物ではなく、かいじゅうにしたのはなぜですか。

 昔から落書きでこんなかいじゅうをたくさん描いてきたので、かいじゅうが自分の中から一番すっと出るキャラクターだったんですよね。

 メインで出てくるのは、モーモクロス、サスピッチ、パルリラ、ガラーブと、ゾワゾワちゃん、ゾワゾワキングの6種類なんですが、それらを含め全部で100種類のかいじゅうをデザインして、絵本に登場させています。キャラクターデザインは、昔いたゲーム会社でもやっていたので、まったく苦にならなくて。むしろ、いくらでも出てくるので、描いていて楽しかったです。

サタンブラック、シルバー、特色の黄色の3色刷り。シルバーは絵の雰囲気に合うように、サタンブラックを数パーセント混ぜた特殊なインクで印刷した

―― 後半の、かいじゅうたちのこわいものを列挙した見開きは見応えがあります。

 こわいものをたくさんリストアップして、その中から絞り込んでいきました。この本は、最初から海外セールスを視野に入れて、チームで作ったのですが、英訳チームから「かぞくがこわい」や「たたかれるのがこわい」は、自分で克服するものではなく即座に他者の介入が必要なので、変えた方がいいのではないか?と指摘をもらったんです。「本当にその通りだ」と、日本版もすぐに変更しました。いろいろな視点で見ることができ、チームで本を作る良さを感じられて、ありがたかったです。

 でも、どんな恐怖や不安も、恥じたり嫌悪したりしないことを子どものうちから知ることで、人に話せたり、適切なサポートや専門医につながったりするのではないかと思っています。このページを見ながら、ぜひ親子でこわいものについて話し合ってみてください。

―― 子どもだけでなく、大人にも読んでもらいたい絵本ですね。

 大人になると、不安や恐怖を感じても、なかなか相談できないじゃないですか。自分の弱みを打ち明けるみたいで抵抗があるでしょうし、そもそも自分でも認めたくなかったりしますよね。でもこの絵本をきっかけに、もっとオープンに話せるようになってほしいなと。

 世の中には、こわいものがたくさんあります。今のコロナ禍もそうですし、自然災害も避けるのが難しい。家族が問題に直面した場合なんかも、手助けしてあげたいけどどうにもならない、というストレスがあるかもしれません。この絵本が、恐怖や不安とうまく付き合うヒントになったらうれしいです。