お話を聞いた⼈松本明子(まつもと・あきこ)

1966年生まれ。香川県出身。82年に日本テレビ「スター誕生!」チャンピオン大会に合格したことがきっかけで、翌年、歌手デビュー。その後、元祖バラドルとして人気バラエティー番組「DAISUKI!」「進め! 電波少年」(日本テレビ系)など に出演し、明るく親しみやすいキャラクターで人気を確立する。現在は、バラエティー番組の他、ドラマ、映画、舞台と幅広く活動中。

「実家を頼む」 重かった父の遺言 空き家の維持費と処分に計1800万円!

 17歳でアイドル歌手としてデビューしたものの、本人曰く「鳴かず飛ばずで苦節十年」。「進め! 電波少年」「DAISUKI!」といったバラエティー番組でようやくブレークした。これを機に、27歳で高松市の実家で暮らしていた両親を東京に呼び寄せた。それから25年、松本さんは空き家となった実家を維持し続けた。その後の家財道具の処分費用まで含めると、なんと約1800万円!

 「毎年の固定資産税が約8万円、火災保険や地震保険で約10万円、電気と水道も止めなかったので約9万円、その他もろもろ。それを25年分!」。庭の管理費や往復の交通費もバカにならない。 さらに、二度のリフォームであわせて約600万円かけ、計1700万円近くをつぎ込んだ。「ドケチの節約キャラで通してきたのに、実は節約して誰も住んでいない家につぎ込み続けていました。我ながら本末転倒ですよね(笑)」

松本明子さんの実家=松本さん提供

 きっかけは父の遺言だった。自分が生きた証として「城」を残したい。それに、浮き沈みの激しい芸能界、もし仕事がなくなったら故郷の高松に帰ればいい。その時、住む家さえあれば困らないだろうーー。そう考えた父は、病床で愛娘にこう告げる。「明子、実家を頼む」。

 父の深い愛に感謝しながらも、「正直、重かったですね」と松本さん。その4年後、母も帰らぬ人に。ふたりを亡くした喪失感は大きく、「3年ほどは両親の死を受け入れられずにいました」。時折実家には帰るものの、掃除と空気を入れ替える程度。両親の遺品には手をつけられなかったという。

 「結局、ほったらかしで後回し、後回しにしてしまい……。気づいたら25年が過ぎ、とんでもない大赤字を抱えていました」

 重い腰を上げ、実家を貸すか売るかしようとしたところ、「宮大工さんに建ててもらった父自慢の家の上物は、なんと評価0円! 過疎化が進んで、土地も購入当時の半値以下。思いもよらない現実を突きつけられ、倒れそうになりました(笑)」

 二束三文でも仕方ないと諦めかけたが、水回りなどのリフォームをしていたことが功を奏し、相場よりは高く売却できた。ホッとしたのもつかの間、引き渡しまでに実家に残る両親の大量の家財と遺品を片付けなければならない。

 「祖母や母の着物や衣類、陸軍だった祖父の勲章にサーベル、父が買いそろえた百科事典に日本と世界の文学全集、さらに私が子どものころに使った縦笛、絵、習字の作品まで! 昭和一桁生まれの両親は『捨てられない世代』で、何から何まで捨てずに取ってあったのです」

 松本さん自身、保管場所がないからと、デビュー後の衣装やトロフィーなどを物置がわりに次から次へと実家に送っていた。「東京から送ったものを、そっくりそのまま東京に持って帰ることに。ブーメランですよ(笑)」。結局、飛行機や車で何度も往復し、2tトラック10台分の家財と遺品を処分。「最後は2週間、1泊2500円の健康ランドに泊まり込み。なんやかんやで、大量のモノを捨てるのに150万円以上かかってしまいました」

実家に取ってあった松本さんグッズ=松本さん提供

 仕事と子育てをしながらの「実家じまい」は、想像を絶するほどの大変な作業だった。「時間とお金をかけて往復し、掃除して、一つひとつ捨てるかどうか考え……。体力も精神力も相当消耗しました。これがもし5年後、10年後だったら。自分の年齢を考えると、やり遂げられなかったんじゃないかなと思います」

「私のようにしくじらないで!」 専門家の解説も

 著書『実家じまい終わらせました!』には、これまでの顛末と収支が綴られるとともに、松本さんが直面した「実家の空き家問題」「遺品整理」「墓じまい」について、専門家に疑問をぶつける形で、わかりやすく解説されている。

 「私は何もわからず手探りだったから、本当に大変でした。さまざまな制度をはじめ、そんな業者やサービスがあるんだ! 利用できたらもっと楽だったかもしれないのに……と感じることがたくさんあった。知っているのと知らないのとでは雲泥の差です。これから同じ問題に直面される読者の皆さんに、ぜひ知ってもらいたいなぁと。私のようにしくじらないために!」

 松本さんの話を聞いているうちに、インタビューの場に同席した出版社の編集者や取材陣が次々と口を開く。「義両親が亡くなった夫の実家がそのままなんです」「実家のある地方と東京の2拠点生活をしているが……」。気づけばそれぞれが直面する実家問題の告白大会のように。松本さんは、「ケースはいろいろだけど、皆さんが抱えている悩みなんですね」と感慨深げ。親が健在なうちに実家や遺品をどうするかを話し合うのが理想だが、死後のことを切り出したら親が機嫌を損ねるかもしれない。松本さんはこう提案する。

 「『この家、どうしたい?』とか『お母さんの着物、どれを私たちに残したい?』など、何げない会話の中で明るく話せるといいですね」

親世代も子世代も 動き出すきっかけに

 筆者からも提案。松本さんが経験した実家問題のリアルが綴られているこの本を、親や家族に読んでもらってはどうでしょう? 親世代は「自分が死んだ後、子どもにこんな思いをさせるの?」と驚き、子ども世代は「親が元気なうちに何とかしないと!」と動き出すきっかけになるはずだ。

 「墓じまい」はまさにこれからという松本さん。自身が経験した大変な思いを子どもには味わわせたくないと、高松にある先祖代々のお墓を東京に移す予定だという。松本さんは最後に、実家じまいで得た思いをこう語ってくれた。

 「生まれた瞬間からあの世に旅立つまで、そのつどつど片付けして身軽になっておかないと、残された者が大変な思いをする。人生は片付け! これからも人生をかけて片付けに励みます」