「介護者D」 [著]川﨑秋子

 主人公の琴美は、父親が脳卒中で倒れ足が不自由になり、東京から札幌の実家に戻る。母は亡くなっており、妹は海外在住で、琴美が介護を一手に担うこととなる。彼女の心の支えは「アルティメットパレット」というアイドルグループの「ゆな」だ。推し活でなんとか心を保っている。
 学力の低い琴美をDとランクづけしていた父親、一時帰国をしても実家よりディズニーランドを優先させるAランクの妹、認知症を患いあちこちで排泄(はいせつ)するようになってしまった父の愛犬トト、女性アイドルグループの推し活への偏見と無理解、孤立した父娘をさらに孤立させていくコロナ。逃げ道は怒濤(どとう)の勢いで塞がれ、読者までもが逃避したくなる現実が次から次へと襲ってくる。
 しかしあらゆる対象に心中で悪態をつきながら、琴美は従順だ。どんな苛(いら)立ちも己の中で鎮め、相手を言い負かそうとすることもない。言い返せ、とけしかけたくもなるのだが、次第に、推し活で息抜きをしながら犬と父の介護を続ける彼女に、そこはかとない共鳴が生まれていく。
 考えてみれば人生とはおしなべてこのようなものなのかもしれない。辛(つら)いところと息抜きのサンドイッチで、容量は人によって違うものの、常に何かに耐え、何かに救われているという人の、そして人生の縮図を見たような気さえする。
 人は常に、生きるために何かを最上に置いてきた。宗教、革命、アート、家族、愛、全てに幻想が固着しているのは確かだが、人はそういった、自分を虜(とりこ)にさせるものに縋(すが)らずには生きていけない。琴美にとってそれは推しであり、「好きだから」というシンプルな理由で推し続け、そこにある幻想に目を瞑(つむ)りながら救われているのだ。彼女が体現する現代的な乾いた人間らしさに、きっと誰しも乾いた共鳴を抱くだろう。そして読み終えた時には、一段高い地平から世界を、自分を振り返るに違いない。
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かわさき・あきこ 1979年生まれ。小説家。『肉弾』で大藪春彦賞。『土に贖(あがな)う』で新田次郎文学賞。