映画を見て、本を読み、旅に出る。雑誌「東京人」の連載をまとめた4冊目。題名は良寛の歌からとった。

 「ローカル線、台湾、荷風が、今私の好きな三本柱です」

 田舎の駅で降り、小さな商店街のある町を歩くのが楽しみだったが、コロナ禍で難しくなった。でも。

 「私の造語で『近鉄(ちかてつ)』という言葉があります。乗り鉄の一種で、近場の鉄道に乗る。八高線や房総のいすみ鉄道に、よく乗りに行きました」

 台湾へは2015年から通っている。自著『マイ・バック・ページ』が翻訳され、その出版社の人たちに会いに行ったのがきっかけだ。

 「彼らと話すのが喜びです。学生による『ヒマワリ革命』が起き、日本の1960年代から70年代を書いた私の本が読まれたそうです」

 そして永井荷風。毎年、初詣はゆかりの寺に。終焉(しゅうえん)の地・千葉県市川市に書斎が再現されると見に行く。

 「好きな作家を持つのは大事ですね。自分が年をとると、太宰治や芥川龍之介のように若くして亡くなった作家に、興味がなくなってくる。79歳で死んだ荷風は老いを知っています。最初から新しさを目指していなかったので、古びないのです」

 それまで「花柳小説家」や「好色作家」と見られていた荷風を「都市の作家」ととらえ直し、『断腸亭日乗』に沿って読み解いた『荷風と東京』は、代表作の一つだ。実は今、「荷風の昭和」という連載が50回を超えて続いている(雑誌「波」)。ようやく戦後まで来た。

 「軍人や政治家でなく、市井の一作家を通して見た小さな昭和です。荷風は物価や生活、風俗も細かく記している。空襲に遭い地方を転々するなど、日本人の悲劇も体現しています。連載があと何回かで終わるので、さびしくて。この4年ほど書いている時は、本当に幸せでしたね」(文・石田祐樹 写真・大野洋介)=朝日新聞2022年11月26日掲載