『税金の世界史』(ドミニク・フリスビー 著/中島由華 訳)河出書房新社

 こんなに貧乏なのに、何故我々は税金を払わなければならないのか、と庶民は思う。そして稼いでいる人間も、なぜ自分はこんなに頑張って働いているのに、ほとんどを税金として吸い上げられねばならんのか、と思う。この世に税金を払いたいという人間は圧倒的少数派である。彼らは働かなくても豊かに生きていける貴族だ。羽毛布団から出なくても自動的に口座にお金が振り込まれるという意味で。対する私たちと言えば、見えざる手に羽毛をむしられるガチョウである。ガアガアと文句と悲鳴をあげるが、むしる方には悲しいかな言葉が通じない。うるさいとすら思われるだけだろう。そういうことを、難しい学者の視点からではなく、イギリスのコメディアンのシニカルな視点で切り込んでいく一冊である。

 昔、氾濫する大河の傍で人の街ができて以来、人の歴史とは税金の歴史であった。権力者は戦費をまかなうため、あらゆる種類の税金をとろうとした。かつてイギリスでは日光にすら税金がかけられ、庶民は対策のために窓を塞ぎ、結果コレラなどの伝染病が蔓延し多くの死者が出た、などいまコロナにあえぐ日本でも笑い話にできそうもないエピソードも興味深い。

 リンカーンは奴隷を解放したくて南北戦争を起こしたわけではないし、独立戦争のきっかけになったとされる砂糖税はイギリスからの横暴な圧力ではなかった(そもそも当時アメリカはろくに税金を払ってなかった)など、ちりばめられた税金の歴史トリビアも楽しい。筆者がイギリス人なのでイギリスアメリカ間のエピソードが多く、世界史なのにアジアはほぼノータッチなのがちょっと寂しい。

 有史以来、戦争で、スペイン風邪で、人が多く死ぬと労働力不足のため賃金が上がり階級の壁が崩れてきた。私がもっとも注目したのは、すべての王朝は低い税負担ではじまるが、戦争によって税率が引き上げられそのせいで滅びる。どの国のどの王朝も、政治体制も例外なくこれのくりかえしであった、という点である。

 ところが、近年インターネットの普及によってデジタル通貨が誕生し、人はノマドで暮らす方が気楽で、責任がなくコストダウンできることに気づいてしまった。彼らが国を必要としなくなれば、税金として国に投資することもなくなる。デジタル通貨で給料を得るノマド人類はリアル世界をゴーストのように流動し、ネット上にのみあいまいに存在する。“どこが”彼らに課税するかという問題に決着をつけなければ、これからも鬼ごっこが続くだけだろう。いままでの課税システムが国という枠組みあってこそであったというなら、ノマドゴーストをどう定義づけられるか、ブロックチェーンという鎖で彼らをつなぎ止められるのか、今後の動向に注目したい。

Dominic Frisby/イギリスの金融ライター、コメディアン。英経済誌『マネーウィーク』にコラムを連載中。『ガーディアン』紙や『インディペンデント』紙などにも寄稿。著書に『Bitcoin:The Future of Money?』など。
 

たかどのまどか/1976年、兵庫県生まれ。小説家。著書に『トッカン 特別国税徴収官』『上流階級』『グランドシャトー』など。

(高殿 円/週刊文春 2021年12月2日号)