小林麻央さんのデビューから14年間連れ添った担当マネジャーが語っていた「麻央が亡くなった日」 から続く

 2017年6月22日、小林麻央さんが34歳の若さで亡くなった。2014年に乳がんを告知されてから、2年8カ月に及んだ闘病の末だった。自らの病状を詳細に綴った彼女のブログは、同じ病に苦しむ人たちへの優しさに満ち溢れ、多くの人々の共感を呼んだ。

 上智大学在学中に芸能界入りした彼女を、芸能事務所、セント・フォース取締役の菅大善氏は担当マネジャーとして14年間支え続けてきた。麻央さんが亡くなって4年。その菅氏が麻央さんとの日々を振り返った「文藝春秋」2017年8月号の記事を、命日に故人を偲び、特別に掲載する。(※日付、年齢、肩書きなどは当時のまま)

(全2回の2回目/ #1 から続く)


小林麻央さん ©文藝春秋

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「NEWS ZERO」キャスターへのオファー

「めざましどようび」のお天気キャスターを務めていた2006年、麻央さんに大きな転機が訪れる。日本テレビが新たに立ち上げる夜のニュース番組「NEWS ZERO」のキャスターへのオファーだった。

 最初は彼女も相当悩んでいました。52年も続いたニュース番組「きょうの出来事」の後継番組として「NEWS ZERO」が企画されたわけで、その重圧もあったと思います。

「24歳でまだまだ世間を知らない自分が、本当にキャスターというポジションを務められるのだろうか」という不安もあったでしょう。

 それを乗り越えることができたのは、番組のスタッフとの話し合いでした。スタッフの方々が麻央に、番組が考えていること、求めていることを丁寧に説明してくれました。

「『ZERO』では、いじめの被害者や難病で苦しんでいる人など、弱い立場に置かれている人々にスポットライトを当てたい。そして若い世代にこそ見て欲しい番組だから、ぜひ24歳の小林さんに引き受けてもらいたい」

 麻央はこの言葉に心が動かされたそうです。「24歳の自分だからこそできる挑戦をしてみようと思います」と、決意を話してくれました。

 番組当初から麻央は、スタジオで座ってニュースを読むだけの存在にはならないと決めていました。「外に出て行って当事者たちの声を聞きたい」と希望していたのです。