「週刊朝日」の表紙写真で鮮烈なデビューを飾り、昨年は女優デビュー40周年の記念カレンダーで奇跡のビキニ姿を披露した宮崎美子さん。好奇心の赴くままに、自然に美しく、年齢を重ねる姿はまさに同世代の憧れ。これまでの人生と現在を語っていただきました。(「文藝春秋」2021年10月号より)


宮崎美子さん

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“ちょっと面白い人”というポジションがラク

 生まれたのは熊本で、父は銀行員、母は専業主婦でした。父は優しい鷹揚な人で、怒られた記憶もありません。母は活発な明るい人でした。

 父の転勤のために、転校の多い学校生活を送りました。小学校は3回転校して4校に通いました。小学1年の時に大阪の学校に転校したんですが、最初、言葉が分からなくて(笑)。仲間に入れてっていう時、熊本だと「かーてて」っていうんですが、大阪だと「よせて」っていうとかね。あぶりだしの授業だったか、みかんの汁を使って「カスはほかしなさい」っていう先生の言葉が分からなくて、慌てて周りの子を見たこととか、今もよく覚えています。

 どこの学校でも、クラスで人気のきれいな女子の周りで、楽しく盛り上げる“ちょっと面白い人”というポジションがラクでしたね。それは今も変わらないのですが、思い返せばそれは転校生時代に形作られたのかもしれません。