“武闘派ヤクザ”高山若頭の支配力――山口組が大きく揺れ始めた「2007年のある殺人事件」とは? から続く

 国内最大の指定暴力団「6代目山口組」の機関紙「山口組新報」の2019年12月1日号は、「高山若頭 社会復帰を祝う」との見出しの記事を1面に掲載した。

 高山とは、5年以上にわたり恐喝事件で服役していた山口組ナンバー2の若頭、高山清司のことだ。本文記事の書き出しは、「若頭長い御務め御苦労さんでした。お帰りなさい」と出所について山口組をあげての祝意が表されている。

 山口組は高山が服役中の2015年8月に、「山健組」など傘下の一部有力グループが離脱し「神戸山口組」を結成、分裂が明らかになった。それ以降は拳銃を使った殺人事件や事務所への車両の突入など対立抗争事件が約120件発生、9人が死亡している。高山が2019年10月18日、刑期満了で出所すると各地で神戸山口組との間で対立抗争事件が続発、さらに凶悪化している。


山口組弘道会傘下の組事務所に入る高山清司若頭(左端) ©時事通信社

「山口組新報」では、高山の出所を慶事としている一方、名指しはしていないが、「(高山の)不在を狙って修行の厳しさに音を上げた不心得者らが逆縁、謀反を企てた」と神戸山口組を批判。勝利宣言とも受け止められるような「正道から外れた者達の自滅は明白となった」との記述もある。今後の山口組としては、「驕ることなく終わりなき侠道を親分、若頭と共に邁進していこうではないか」と記事を締めくくっている。

 高山の出所で勢いが加速している山口組だが、暴力団業界全体をみれば、相次ぐ法規制や警察当局の取り締まり強化などで全国的に縮小傾向にあるのが実情だ。

 近年の暴力団に対する法規制で大きな効力を発揮しているのは、東京都と沖縄県で施行されたことで2011年10月までに全国の自治体で整備された「暴力団排除条例」だ。

 暴力団対策法(1992年3月施行)は暴力団側を規制する法律だったが、暴排条例は一般市民に暴力団への利益供与が禁じられた点での影響は大きく、条例施行以降は全国の暴力団の減少傾向に拍車がかかっている。