人を殺し、その遺体をバラバラにする事件は最近も起きている。神奈川県座間市の9人殺害も一例だ。資料によれば、その歴史は約1世紀にわたるという。

 態様はさまざまだが、今回取り上げるのは、日本が独立を果たしたものの、まだ戦後の混乱が残る時期、被害者が警察官、加害者が妻の教師で、妻の母が“解体”を主導するという特異な事件。そもそも、殺した遺体をバラバラにする心理は普通の人間には理解できないが、なぜ妻はそこまでしなければならなかったのか――。文中に差別語、不快用語が登場する。当時の事情を表現するためで、ご理解いただきたい。(全2回の1回め/ 続き を読む)


朝日の事件第一報

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「キャーッ」 「お化けだ」

 事件が起きたのは1952(昭和27)年。サンフランシスコ平和条約が発効して日本が独立し、5月1日にはメーデーのデモ隊が警官隊と衝突して2人が殺害され、2000人以上が負傷する「血のメーデー」事件が起きた直後だった。

 警視庁の機関誌「自警」1952年7月号に掲載された浦島正平・捜査一課長の手記「荒川放水路バラバラ事件」によれば、発見の模様は次のようだった。

 5月10日は朝から雲が低く、なんとなく湿っぽい日だった。付近の少女たちには若草萌える荒川放水路の堤は、登校までの間、花摘み遊びには絶好の場所。午前10時ごろ、少女の1人の8歳の女児が友達2人と唱歌を歌いながら「日の丸プール」の入り江に出ると、潮の引いた青草の上に何やら変な物が目に留まった。「キャーッ」と声をあげた3人は驚いて「お化けだ」「お化けだ」と叫びながら家人に訴えた。

「荒川放水路にバラバラ死体」。朝日、毎日、読売3紙の5月11日付朝刊は主見出しが全く同じでいずれも社会面トップ。朝日の記事を見よう。

〈 胴体だけが漂着 発見されぬ首と両手足

 

(5月)10日午後0時半ごろ、(東京都)足立区本木町4ノ4433、荒川放水路の入り江に、20歳から30歳までと推定される、首と両手足のない胴体だけの男の死体が新聞紙と古油紙で包まれて浮かんでいるのを付近の子どもが発見。西新井署に届け出た。警視庁から浦島捜査一課長や鑑識課員が急行、検証したところ、

 

(1)    首は鋭利な刃物で切り取られ、左足はノコギリ様の物を使って骨まで切っている。右足と両腕は肉を刃物で切ったうえ、付け根の関節部からスッポリ抜き取っている

 

(2)    大柄な方で普通人よりやや大型な方で、推定身長は5尺4、5寸(約164〜167センチ)ぐらい

 

(3)    ホクロや傷痕、おきゅうの跡など、これという特徴はない

 

(4)    毛は薄い

 

(5)    死体は細い麻ひもで3カ所縛ってある

 

(6)    首の付け根に絞められたような跡がある

 

 などの点からみて絞殺死体と断定。西新井署に特別捜査本部を設け、捜査を開始した。

 

 捜査本部は付近の放水路に首と手とがあるものとみて捜査したが、現場から約300メートル下流で死体を詰めたとみられる柳こうりを発見しただけだった。現場は通称“日の丸プール”と呼ばれている入り江で、本部では放水路に投げた死体が水流の関係で入り江に流れ込んだものとみている。また死体を包んであった10枚の新聞紙の日付が4月28日と5月4日なので、死後1週間以内とみている。〉