眞子さまと小室圭さんのご結婚は新皇室の危機 なぜ側近は皇族の恋愛リスクに鈍感だったのか から続く

 秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんのご結婚については、今なお国民のあいだでさまざまな議論が巻き起こっています。「文藝春秋」は秋篠宮家の内実を報じてきました。ノンフィクション作家・保阪正康氏による「眞子さま百年の恋は新皇室の危機」(「文藝春秋」2019年6月号)を特別に全文公開します。(全2回の2回目/ 前編 から続く)

(※年齢、日付、呼称などは掲載当時のまま)

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共感と尊敬というアンビバレントな感情

 国民は、皇室に対して共感と尊敬というアンビバレントな感情を抱いています。

 共感とは、皇室も決して自分たち庶民と縁遠い世界ではなく、同じ日本人として共感できる存在でいてほしいという思いです。「愛子さまはお相撲が好き」「悠仁さまは虫取りに夢中」といった御日常が繰り返し報じられるのは、庶民に近い皇族の姿に多くの日本人が共感を覚えるからでしょう。

 ところがその一方で、国民の中には、いまの日本ではほとんど失われてしまった、長い歴史を誇る血筋や家柄を日本の象徴として保ち続けて欲しいという思いがあります。庶民とは隔絶した気高い存在であって欲しいという思いも国民の切なる願いなのです。


小室圭さん ©JMPA

小室氏が天皇家の親族となることは受け入れられるのか

 それゆえ、個人の感情の発露である恋愛となったとき、場合によっては、国民の心の中で、この二つの価値観がぶつかってしまう。個人の生き方として恋愛して結婚するのはすばらしいことであるのは、誰もが理解しています。ただ、歴史的に連綿と続いてきた皇族の方がその枠から外れる、もしくは社会常識から外れるような恋愛に走ることは、やはり国民としては容易に受け入れるのが難しいのです。

 イギリスのマーガレット王女が個人として恋愛をするのは、問題ありませんでした。しかし彼女もイギリス王室の一員であり、その歴史や伝統の枠からは外れるような恋は、周囲からも国民からも支持が得られなかったのです。それゆえ、相手との結婚を諦めざるを得なくなったのです。

 では小室氏が天皇家の親族となることは受け入れられるのか。私は小室氏が、母親の借金問題について次のように述べたことはとても大きいと思いました。