「次がダメならもう辞めよう」 ロッテ・渡辺俊介さんが“伝説のサブマリン”になる前の物語

 その名前がコールされるとスタンドから大きな歓声が上がった。8月22日、マリーンズ主催で行われた東京ドームでのイーグルス戦。試合前のセレモニーでマウンドに上がったのは球団OBの渡辺俊介氏(現日本製鉄かずさマジックコーチ)だった。世界一低いと言われるアンダースローが特徴の投手で、ファンからはミスターサブマリンと親しまれた。マリーンズ在籍13年で255試合に登板し87勝。ファンに愛された。


ミスターサブマリンと親しまれた渡辺俊介氏 ©梶原紀章

野球を辞めようと決意した過去

 そんな渡辺俊が順風満帆なプロ野球人生を歩んだと誰もが思いがちだが、決してそうではない。一度は野球を辞めようと決意した時すらあった。そんな人生の分岐点を乗り越え伝説の選手の一人となった。ターニングポイントはプロ3年目の2003年。この年は開幕二軍スタート。しかし、ファームで着実に結果を残し5月に一軍に昇格。今度こそ一軍に定着しようと決意しての合流だった。

 そして5月21日のオリックス戦(GS神戸、現ほっともっと神戸)で先発を任されることが決まる。ファームでやることをやってきたという自負があった。そしてなによりも状態はプロ入り以来最高だった。バッテリーを組んだのは同じく二軍から上がってきたばかりだった里崎智也捕手(14年引退。球団SA)。「今の俊ちゃんの状態なら絶対に抑えられるよ」。お互いに自信を持って試合に臨んだ。しかし、結果はあまりにも残酷だった。4回2/3を投げて7失点。いとも簡単に白球は跳ね返され、スタンドへと消えていった。4本の本塁打を打たれマウンドを降りた。ベンチに戻っても誰とも顔を合わせることが出来ない。その当時、最下位だったオリックス相手のKO劇。首脳陣はあえて渡辺俊をもっともやりやすいとされるこのカードで先発に立てたにも関わらず、打ちのめされ敗れ去った。

 夜、宿舎に戻るとベッドに横たわり思った。「ああ、オレもう駄目だ。また二軍に落ちてそれで終わるな」。覚悟を決めた。しかし、首脳陣はもう一度だけチャンスをくれた。

「あの時、もう一度チャンスをもらえなかったら、今のオレはいないと思う。次が駄目だったら諦めようと思ってマウンドに上がった」


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