東京オリンピック界隈が騒々しい。

 橋本聖子氏(68)が会長を務める東京オリンピック・パラリンピック組織委員会が日本看護協会に対して大会期間中に看護師500人の派遣を要請したニュースが流れると、SNSは批判一色に染まった。


橋本聖子氏 ©JMPA

 しかも今回は、政治家まで参戦したことで騒ぎは一層大きなものになった。丸川珠代オリンピック・パラリンピック担当大臣(50)は、記者会見で東京都に対して牽制の言葉を発した。

「医療の現場を預かるのは東京都。ですので東京都がまず自分たちが一方では大会の主催者としての責任。そして一方では、医療の現場を預かる者としての責任。この両方の責任をどのように果たすのかということについて、明確な発信なり方向性なりをお示し頂かないと。私たちもそれをどのようにお教え申し上げればよいのかということについて、非常に戸惑っているという状況です」

 それに対して小池百合子都知事(68)は、「確認します」と冷たく対応。2020年の都知事選では、再選を狙う小池都知事への刺客として丸川大臣の出馬が噂された因縁もある両者の間で、緊張感あふれるやりとりが交わされた。

「聖子ちゃんはすごかったよ」

 そんな女の戦いが繰り広げられる中で、めっきり存在感が薄いのが組織委員会の橋本聖子会長。前任の森喜朗氏(83)はよくも悪くもニュースに名前が出ることが多かったが、橋本氏は会長就任以降も発言に注目が集まる機会が少ない。アスリート出身で知名度は2人に負けないはずだが、小池都知事や丸川大臣と比べると主張も個性も一般層に浸透しているとはいいがたい状態だ。

 そもそも、橋本聖子という人はどういう人間なのだろう。スピードスケートと自転車の二足の草鞋をはいていた現役時代を知る元新聞記者は、当時の橋本氏についてこう語る。

「現役時代の聖子ちゃんはすごかったよ。実績はもちろん人気もすごかった。聖子ちゃんを嫌いだっていう人に会った記憶がない」

 経歴をたどれば、その言葉が嘘でないことは納得できる。

 橋本氏は、東京オリンピックが開催された1964年に北海道で生まれた。スピードスケートで早くから頭角を現し、中学3年生で全日本選手権を初制覇。1984年のサラエボ大会でオリンピック初出場を果たすと、その後もカルガリー、アルベールビル、リレハンメルと4度の冬季オリンピックに出場している。

 それと並行して、自転車競技でも1988年のソウル、バルセロナ、アトランタと3度夏季オリンピックに出場している。夏季と冬季両方のオリンピックに出場したのは日本人として初で、合わせて7度の出場は日本人女子として史上最多。前代未聞のスーパーアスリートなのだ。