バレーボール女子日本代表がドミニカ共和国に1−3で敗れ、決勝トーナメントに進むことができなかった。伝説を創ると発進したチームが手にしたのは、一次リーグ敗退という屈辱だった。決勝トーナメント進出を逃したのは1996年のアトランタ五輪以来(2000年シドニー五輪は出場なし)。

 メダル獲得を合言葉に必死にボールを追いかけてきただけに、12人の選手らは今、屈辱の波の中でおぼれそうになっているかもしれない。胸をかきむしるような口惜しさが喉に詰まり、呼吸が浅くなってしまっているかもしれない。

 その一方、世界に伍して戦える人材が育成出来ていないという女子バレー界全体の問題が浮き彫りにもなった。代表は各選手の能力を結合する場であって、育成の場ではない。


敗戦後、涙で肩を寄せ合う代表選手たち ©JMPA

 東京を戦った12人の半分は25歳以下の若いチーム。五輪の屈辱は五輪でしか返せない。一日も早く顔を上げ、3年後のパリに立ち向かってほしい。

 チームの主将で、五輪4大会の出場の荒木絵里香は、常々語っていた。

「五輪の結果は大事。でもメダル獲得を目指し、必死に頑張る過程の方がもっと価値がある」

 ロンドン五輪で銅メダルの栄光も、そして今回のような屈辱も知っている荒木ならではの含蓄のある言葉である。

 今日(8月3日)37歳の誕生日を迎える荒木が18年の選手生活を通して、女子バレー界にもたらした影響は少なくない。その一つが、出産し子育てをしながらでも、日本代表になれるという姿だ。

 荒木の紹介記事には大概「ママさんアスリート」という冠詞が付く。だが荒木はそう表現されることを好まない。