中日ドラゴンズ元監督・落合博満氏の実像を描いたノンフィクション『 嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか 』の著者である、鈴木忠平氏の巻頭随筆「落合博満への緊張感」を「文藝春秋」2021年12月号より掲載します。

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落合を追う日々に漂っていた緊張感

 なぜ、落合博満という人物を描こうと思ったのか?

 拙著『嫌われた監督』が刊行されて以降、人からこう問われることがある。

 落合は2003年の秋に、プロ球団中日ドラゴンズの監督に就任すると2011年まで指揮を執った。私はスポーツ新聞の記者としてその8年間を取材したのだが、番記者の仕事を終えてからも、なぜか落合に対する関心が消えなかった。「いつか、自分が死ぬまでに落合について書いてみよう」という気持ちがずっと心にあった。

 その理由をあらためて考えてみると、ひとつ思い当たる。それは落合を追った日々に漂っていた緊張感である。


落合博満氏 ©文藝春秋

 もう15年ほど前になるが、私が初めて自らの意志で落合を取材しに行った日がある。東京・世田谷の落合邸、門前に立っていた私に、玄関を出てきた落合はこう問いかけた。

「お前、ひとりか?」

 独りで来た者の取材には応じる。それが落合のルールだった。スタジアムへ向かうタクシーの中、落合はこちらの問いをじっと待っていた。車内の空気が張りつめていた。28歳、末席の記者だった私は、ごくりと唾を飲み込んで、質問を発した——。

「つまらないものなら持ってくるな」

 結果的に、あの日の緊張感は最後まで続いた。人は同じ空間で同じ時間を過ごせば解け合うものだ。初対面の緊張は薄れ、時が経てば経つほど、空気のように自然と相手を認知するようになる。だが、落合に対してだけは何度会っても、どれだけ同じ時を過ごしても、緊張が消えなかった。

 落合と2人で酒を飲んだことはない。「お前にだけは教えてやる」と情報をもらったこともない。だが、手土産を持っていき、「つまらないものですが」と差し出すと、落合はこう忠告した。

「つまらないものなら持ってくるな。それは遜(へりくだ)っているのかもしれないが、受け取る側はどう思う? 自分が絶対に美味いと思うものです、と渡された方が気分良くないか?」

 シーズン中に休暇を取ろうとすると、釘を刺された。

「お前、休むのか? 俺たちはプロだ。シーズン中は毎日、野球をやってる。それを見てなくて、お前、俺たちのことを原稿に書けるのか?」

 落合は情実的な繋がりを持とうとはしなかった。その代わり、会社員である記者にもプロとプロの関係を求めた。