大阪桐蔭高校野球部の夏が終わった。8月18日の準々決勝、9回表に下関国際高校に逆転を許し、4対5で敗れ、春夏連覇はならなかった。「強すぎる」がゆえに、「あれだけの選手を集めれば勝って当たり前」と高校野球の”ヒール”となってきた大阪桐蔭。西谷浩一監督は、どうやって1988年創設の新興野球部を「憎らしいほど強い」チームに育て上げたのか。

 長きにわたり大阪桐蔭の取材を続けるスポーツライターの柳川悠二氏が徹底取材で迫った、2018年11月1日号の記事を再公開する(年齢・肩書き等は公開時のまま、 #2 に続く)。

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 この夏、100回記念の全国高等学校選手権大会において、大阪桐蔭は史上初となる2度目の春夏連覇を達成した。通算8回(春3回、夏5回)という日本一経験は歴代単独2位の記録となり、高校野球は今、大阪桐蔭の一強時代を迎えている。

 監督の西谷浩一は言う。

「今年の3年生は下級生の頃から試合に出場することが多く、昨年センバツで勝つことができた。彼らは“最強世代”と呼ばれて来ましたが、僕自身はそう思っていなかったですし、ネットによって作られた虚像でしょう。もちろん、3度の全国制覇を達成したのだから、最強世代に近づいたとは思っていますが」

4人がプロ志望届を提出 関係者「他の高校なら大学レベルで終わっていた」

 10月25日のプロ野球ドラフト会議を前に、大阪桐蔭からプロ志望届を提出したのは、遊撃手兼投手の二刀流で、世代ナンバー1球児となった根尾昂(あきら)に、「トリプルスリー」を目標に掲げる俊足・強肩の外野手である藤原恭大(きょうた)。さらに豪腕エースの柿木蓮、長身左腕の横川凱(がい)の4人である。これまで20人以上の教え子をプロに送り込んできた西谷にとっても、一度に4人という例はない。


左から根尾、横川、藤原、柿木

 しかし、全国から“好素材”を集めただけで、98年の監督就任から、55勝9敗という驚異の勝率を聖地で刻むことなどできるはずもない。それは西谷の手腕に他ならない。

 大阪桐蔭の卒業生も在籍する某球団のスカウトは、その指導力をこう評価する。

「高校野球の監督は選手を“管理”しがちですが、彼は繊細に選手をよく見ている。若い子の気質を理解し、選手を乗せるのが上手。たとえば、柿木は佐賀の田舎のやんちゃ坊主で、お山の大将で野球をやってきた。身体に柔軟性がなく、マウンドでは生まれ持った力だけで投げていた彼に対し、野球への関心を高めさせ、トレーニングやストレッチの重要性などを説いて、ドラフトにかかるような投手に成長させてきた。他の高校なら大学レベルで終わっていた選手かもしれません」

146キロを投げる根尾を遊撃手に挑戦させた

 中学時代に146キロを投げていた根尾に対して西谷は、入学間もない頃から遊撃手にも挑戦させた。選手層の厚い大阪桐蔭だからできることと、鼻白む声も当時はあったが、2年半が経過した今、投手より遊撃手として評価する球団もあるぐらいの選手に成長した。