アジアのディープな情報を発信し続けた伝説の雑誌『Gダイアリー』。タイを中心に東南アジアの文化や旅を中心とする現地情報を掲載し、一部の旅行者に愛読された。しかし、取り扱う内容の多くが風俗情報だったこともあり、「日本の恥!」と駐在員の妻たちに目の敵にされていたという面もある。

 ここでは、かつて同紙の編集部員を務め、現在はフリーライターとして活躍する室橋裕和氏が、『Gダイアリー』での熱量溢れる毎日を振り返った著書『 バンコクドリーム 「Gダイアリー」編集部青春記 』(イースト・プレス)の一部を抜粋。タイで暮らす日本人男性の切ない日常、思いを紹介する。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

※本文は2010年頃の取材を基にしています

◆◆◆

バンコクのへこたれない人々

「ムロハシさん僕ねえ、最近ずっと会社に居ついてる犬をかわいがってるんだ」

 そう言って春原さんはスマホで撮った写真を見せてきた。やせこけた貧相な雑種であった。しかし純朴そうで、だらしなく舌を出している。シッポがブレているから、ぶんぶん振リ回しているのだろう。春原さんに懐いている様子が伺えた。

 と、同時に、このヒト大丈夫かと思った。先ほどからテーメーカフェ(編集部注:タイの有名な夜遊びスポット)に潜り、打ち合わせと称して飲んでいるわけだが、話題はアユタヤ近郊にある自社工場にいる汚い犬のことばかり。

 タイはそこらじゅうに野良犬がいて、周辺の住民がエサをくれてやったり毛づくろいをしてやったり、いくらか涼しくなる乾季にはバイタク連中がTシャツなんぞ着させ、ときにはマユ毛を書いて遊んでやったりもするほど地域のペットとなっている。「ソイ・ドッグ(小道の犬)」なんて呼ばれている。その根底には、殺生を禁じ、あらゆる命を慈しむ仏教の考えがあるという。命はみな平等であり、いま私は人間かもしれないが、次に生まれ変わったらソイ・ドッグかもしれない。猫やトッケー(ヤモリ)かもしれない。来世がどうなるかわからないけれど、容れ物が違うだけで誰もが同じ存在なのだから大事にしよう……とそこまでタイ人が考えているかどうかはわからないが、日本のように野良犬を排除するのではなく共存していた。聞くところによると保健当局や動物保護の民間団体は、ソイ・ドッグたちを捕獲して狂犬病のワクチンを注射したり場合によっては避妊手術を施して、またもとの場所に放つのだという。そんな犬たちは屋台にメシをせびり、平然とコンビニに入って涼み、往来に仰臥してこの世の春を謳歌している。タイほど犬にとって居心地のいい国もなかろうと思うのだが、そんな連中に春原さんは依存し、癒され、寂しさを埋めてもらっているようなのだ。


バンコクの歓楽街「ソイ・カウボーイ」のネオンの中で人生を誤った日本人は多い ©室橋裕和

「奥さんも子どももいるじゃないですか。犬なんか構わずに早く帰ったらどうすか」

 確か十数年前にタイ人の彼女と結婚し、娘と息子がいたはずだ。いい年こいてみじめな独身の僕が寂しく犬を構うのならわかるが、家族持ちの春原さんが毎日こんな調子なのである。しかし、返ってきたのは投げやりな言葉であった。