9月26日、連邦議会選挙(総選挙)に出馬せず政界からの引退を表明しているドイツのアンゲラ・メルケル首相(67)。科学者出身の女性宰相として、4期16年にわたりドイツを率いてきたメルケル氏の素顔に迫った決定的評伝『 メルケル 世界一の宰相 』(11月25日発売予定)から、“宿敵”だったロシアのプーチン大統領とのエピソードを再構成して紹介する。(全2回の1回目。 後編 を読む)

宿敵はロシアの冷酷な独裁主義者

 今秋引退するドイツ首相メルケル。「女性」「東独出身」「理系出身」という“三重の枷”を乗り越え首相に就任し、ドイツを欧州トップ国に導いてきた。


©AFLO

 そんなメルケルにとっての宿敵とも言うべき存在が、ロシア大統領のプーチンである。冷酷な独裁主義者であるプーチンと、西側世界の民主主義を守るメルケルとでは、そもそもの価値観が真逆で相容れないからだ。

 じつはメルケルは、東独での少女時代にロシア語弁論大会で優勝もしており、ロシア社会や文化への造詣が深い。だからこそ、プーチンの本質を早い段階で見抜いていて危惧していた。プーチンが手本にしているのは、かつての独裁者スターリンなのではないのか、と。

 一方のプーチンは、メルケルが首相になって間もない頃、「ミセス・メルケルはロシアに多大な関心を寄せている。そして、ロシア語を話す!」と報道陣を相手に誇らしげに語っていた。

 しかし、その好印象は長く続かなかった。メルケルが人権問題に関心を寄せていると知ると、警戒心を抱くようになる。そしてKGBの元諜報部員らしく、メルケルの弱点を調べはじめた。“メルケルいじめ”を仕掛けるためだ。

愛犬を同席、わざと遅刻…プーチンが仕掛ける“メルケルいじめ”

 メルケルとプーチンの初めての会談はクレムリンで行われた。そこでプーチンは、KGB仕込みの睨(にら)みでメルケルを威嚇した。メルケルも目を見開いて応酬した。

 そして、2007年に黒海に面したソチで行われた2度目の会談で、“事件”は起こった。

 じつはメルケルは過去に犬に2度噛まれたことがあり、犬を怖がるという情報をプーチンは手に入れていた。

 それゆえプーチンは、自分の愛犬であるコニーという名前の黒いラブラドールレトリバーを会見部屋へと入れたのだ。メルケルのまわりをまわって、匂いを嗅ぐコニー。メルケルは両膝をぴたりとくっつけて、足を椅子の下に入れて、落ち着かない様子だった。その間、プーチンは不敵な笑みを浮かべていた。

 腹を立てたメルケルは、側近にこうこぼした。「プーチンはあんなことをするしかなかった。ああやって自分がいかに男らしいかを見せつけた。これだからロシアは政治も経済もうまくいかないのよ」。