高橋一生さんが主演を務める映画『 岸辺露伴 ルーヴルへ行く 』。5月6日午後3時55分から、NHK総合で放送されます。同作品が地上波で放送されるのは初めてです。
「この世で最も黒い絵」を求めて露伴はパリのルーヴル美術館に飛びます。青年時代に露伴が出会った、奈々瀬という女性が「この世で最も黒い絵」をめぐるキーパーソンとして描かれています。
この女性と露伴をめぐる回想シーンの「元ネタになった」とファンの間で噂になっている短編小説があることはご存じでしょうか。
2つの作品の知られざる類似点を追ってみました。
【注意!】この記事には『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』に関するネタバレがあります。作品を見てから読むことをお勧めします。

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映画で描かれた岸辺露伴の青年時代とは?

『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の映画版では、漫画家デビューしたてだった若き露伴(俳優:長尾謙杜)が祖母の家に泊まり込んでいたという設定です。
その年、祖父が亡くなったことで、旅館を廃業して下宿にしていました。入居者は全然いなかったのですが、やがて奈々瀬(俳優:木村文乃)という若い女性が引っ越しきて、露伴は心を惹かれるようになります。
その後、露伴は奈々瀬をモデルにした短編漫画を完成させて、彼女に見せるのですが「あなた何やってるの!私を描くなんて」「くだらなくてすごく安っぽい行為!」と奈々瀬は激怒。原稿をハサミで引き裂いてしまいます。
「露伴君、ごめんなさい」と謝罪。奈々瀬は出て行ったまま、二度と戻りませんでした。

元ネタと噂される松本清張の短編『草笛』はどんな内容?

一方、ファンの間で上記のシーンの元ネタと噂されているのが、「昭和の文豪」として名高い松本清張の短編『草笛』です。新潮文庫の短編集『 黒地の絵 』に収録されているので、早速読んでみました。
主人公は周吉という17歳の青年。職工をしながら文学の同人誌を作っていると、祖母と暮らす下宿に「離婚するつもりで家を出た」という若い女・杉原冴子が引っ越してくるという内容です。
周吉は、自身の同人誌を冴子の部屋で彼女に見せたり、一緒に喫茶店に行ったり交流を重ねていくうちに心を惹かれて行きます。
やがて冴子は夫とよりを戻すことになり、下宿を引き払うことに。別れのあいさつに来た冴子に周吉は、自身が描いた似顔絵を彼女に見せます。「あんた、どうしてこんなつまんないことするの?」と冴子は激怒。絵を引き裂いてしまいます。
後日、廊下で会った際に「周吉さん、堪忍してね」と言い残して、冴子は下宿を去っていきました。

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『草笛』との3つの共通点とは?

『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の青年期のエピソードと『草笛』。実際に比較してみると、以下の3つの設定がよく似ていました。
01.主人公の若い男性が、同じ下宿にいる若い女性に思いを寄せる
02.主人公が、女性をモデルに描いた作品(露伴の場合は漫画、周吉の場合は似顔絵)を見せると女性が激怒。作品が引き裂かれる
03.作品が引き裂かれた後、女性は主人公に謝罪。2人は離ればなれになる

その他、映画版では描かれていませんでしたが、荒木飛呂彦さんの原作漫画では奈々瀬が離婚予定であることも描かれていて、これも『草笛』の冴子とよく似ています。

露伴の青年期のエピソードは『草笛』のオマージュだった?

『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の中で、露伴の青年期のシーンはごく一部。細かい設定はだいぶ異なっているため、『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』が『草笛』を真似したとまでは言えないと思います。
ただ、『草笛』を読んだ荒木さんが、この作品から着想を得て『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の回送シーンのストーリーを考えたのかな……と思えるくらいには設定が似ています。『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』のファンの方は、もし興味あれば『草笛』を読んでみると、意外な発見があるかもしれません。
また、『草笛』が収録された短編集には、表題作の『黒地の絵』が収録されています。これは旧小倉市の黒人兵集団脱走事件をモチーフにした話なので映画とストーリー的な関係はありません。それでも「この世で最も黒い絵」という設定と『黒地の絵』というタイトルには共通項を感じますね。