ペルー南部のトロ・ムエルト遺跡は、南米屈指の岩絵の集積地として知られています。約2000年前に描かれたとても不思議な謎の岩絵がたくさんあります。
踊る人の姿はスペイン語でダンサーを意味する「ダンザンテ」として知られていますが、その周りにはジグザグ線などの不思議な幾何学模様が散りばめられています。
これらの岩絵が何を描いたものかについては謎のままでした。

トロ・ムエルトの不思議な岩絵。踊る人物「ダンザンテ」の近くに幾何学的な模様が描かれている(Cambridge University Pressの論文より/CC BY 4.0 DEED)) / Via cambridge.org

しかし、今回、ポーランドの研究チームがケンブリッジ大学の学術誌に 論文を発表 。これらの岩絵について新しい解釈を提唱しました。この不思議な謎の岩絵をどのように解釈したのでしょうか?

ペルー南部にある約2000年前の不思議な謎の岩絵

ペルー南部にある砂漠の渓谷にあるトロ・ムエルトには、数千にも及ぶ火山岩が散在していますが、そのうちの約2600個の岩に約2000年前のとても不思議な岩絵が描かれています。

トロ・ムエルトの岩絵の実際の写真(Cambridge University Pressの論文より/CC BY 4.0 DEED) / Via cambridge.org

その岩絵には、踊る人物像の周りにジグザグ線、波形、直線、円、点などの不思議な幾何学模様が描かれています。このうち、踊る人物像「ダンザンテ」は、仮面などを被って踊る人物を描いたものと考えられています。
しかし、ダンザンテの周りに描かれている不思議な幾何学模様については、これまで、ヘビ、稲妻、水などを表しているのではないかと考えられてきましたが、研究者の間でコンセンサスは得られていませんでした。
なお、このような岩絵はトロ・ムエルトに特有なもので他の地域では一部を除いてほとんど見ることはできないそうです。

踊る人物像「ダンザンテ」の周囲にはジグザグ線など不思議な幾何学模様が描かれています(Cambridge University Pressの論文より/CC BY 4.0 DEED) / Via cambridge.org

コロンビア・アマゾン川流域に住むトゥカノ族の伝統的な芸術との驚くべき類似性

トゥカノ族はペルーの隣国であるコロンビアのアマゾン川流域で暮らしている人々です。幾何学的な不思議な模様は、このトゥカノ族の伝統的な芸術によくみられるモチーフです。
これらのモチーフは、トゥカノ族が「アヤワスカ」と呼ばれる幻覚作用のある植物のエキスを摂取しながら行ってきた伝統的な宗教的儀式で、トゥカノ族が見た幻覚に由来すると考えられています。

トゥカノ族の伝統的な芸術によくみられるモチーフ。幻覚作用があるアヤワスカがもたらす幻覚に由来するとされています(Cambridge University Pressの論文より/CC BY 4.0 DEED) / Via cambridge.org

また、これらのモチーフは、蛇、太陽、花などを表していますが、「音楽」に関連し、神話的な意味を帯びているといいます。
このようなトゥカノ族の伝統的な宗教儀式では踊りと音楽は霊的世界や宇宙などの異世界とコンタクトするための不可欠の要素と考えられています。
このトゥカノ族の伝統的な芸術によくみられるモチーフとトロ・ムエルトの岩絵の不思議な幾何学模様がよく似ていることに研究チームは着目しました。

論文では「異世界とコンタクトするための宗教的儀式」の可能性を指摘

今回、研究チームは、トロ・ムエルトの岩絵は、今から約2000年前に、先住民族が、おそらくアヤワスカのような幻覚作用のある薬を使いながら、踊りと音楽の力によって、霊的世界や宇宙などといった異世界とコンタクトするための宗教的儀式を行っている様子を描いたものである可能性があると指摘しました。

研究チームが注目したトロ・ムエルトの岩絵の一つ「TM1309」(今回の論文より/CC BY 4.0 DEED) / Via cambridge.org

このような儀式は「癒し」「天候などの自然現象への働きかけ」「祖先の霊との交信」などを目的としていたとみられるそうです。
特にダンザンテとよく一緒に描かれているジグザグ線は幻覚を見ているときに聞こえてきた「音楽」を具象化したものである可能性があるそうです。ダンザンテは音楽に合わせて踊っている人物を描いたものということになります。
このような研究チームの新しい解釈はまだ仮説の段階にあり、これからの研究の進展がとても楽しみです。