三世代同居を始めたとき、60代だった義母は私に言いました。「これからは私が家のこと全部やるから、あなたは思う存分、家の外で働いて大丈夫よ」と

あれから十数年、我が家では、同居嫁である私がフリーランス兼業主婦として家に籠り、後期高齢者となった義母は、なんと外を飛び回って働いています。

そんな我が家のちょっと変わったワークライフバランスについて、前後編で綴ります!

「主婦として若夫婦を支える!」宣言した義母だったが

三世代同居生活を始めたとき、義母は長年正社員として働いた仕事を定年退職してしばらく経っていました。

これからはセカンドライフ、同居する息子夫婦を支える主婦として、「子どもが保育園に入れなくても私が面倒見てあげる!家のことは任せて、思う存分外で働いてきて!」と、主婦としてのやる気に満ちていました

同居嫁である私自身も、まだ幼い息子がもう少し大きくなったら、フルタイムでバシバシ働いて教育費を稼ぐぞ!という気持ちでした。

しかし人生、なかなか予定通りには運ばないものです。息子が少し成長し、いよいよガッツリ働くぞ!と思ったら、諦めかけていた二人目の子に恵まれ、私のワークプランは振り出しに戻ります。そんな日々の中、しびれを切らしたのが義母でした。

「家に主婦が二人いても仕方ないでしょ?」そう呟いて、同居開始以前に資格を取っていた、訪問介護ヘルパーとして仕事を始め、さっそうと自転車にまたがり、介護の必要な高齢者宅を毎日飛び回りはじめたのです。

あれ?私がバリバリ働くという話はどこへ

家庭に収まりきらない陽キャパワー

しかし、私にとっても結果的に、義母が外を飛び回ってくれるのは有難いことでした。

根っからエネルギッシュな義母は、家にばかりいるとエネルギーを持て余し、孫たちをはじめとする家族の世話を焼きまくり、あらゆることを気にかけまくりで、一緒にいる家族は疲弊してしまうのです。

とにかく世話を焼きたい欲求に溢れた義母に、子どもたちを預けてしまえば、過干渉と甘やかしまみれになるのは必定。家の外でその有り余るエネルギーを消費してもらわなければ、我が家は過充電の電池のように、義母パワーによって破裂しかねないのです。

また、義母が外で働いてくれていることで、私も子育てを外部に委託する言い訳もとい大義名分も立ちました。義母に遅れることしばらくして本格的に働き出した私は、長い待期児童期間を経たものの、娘を保育園に預けることができました。

たくさんの友だちや、保育のプロである保育士さんに囲まれて過ごした日々は、娘にとってはもちろんのこと、親である私にとってもかけがえのない経験になりました。

「お婆ちゃんが働けるうちだからね!」

義母自身にとってもまた、専業主婦でいるよりも、外で働く方が正解だったのではないかと思います。

訪問ヘルパーの仕事から帰ってくると義母はいつも、「(介護事業所の)利用者さんから、あなたの作る煮物は美味しいわね、他のヘルパーさんには頼めないわ、って褒められるの!」とか、「あなたはいつも元気で羨ましいわって言われるの」などと上機嫌です。根っから世話焼きで活動的な義母にとって、他人から頼られたり、年齢より若く元気に見られたりすると、とにかく嬉しくてたまらないようです。

「お婆ちゃんが働けるうちだからね!働けなくなったらあげられないからね!」とは、孫たちにお小遣いをくれたり、お菓子を買ってくれたりする時の義母の口ぐせです。

働いてお金を貰っている、それで孫たちに何かしてあげられる、というのが、義母にとっては何より誇らしいことであるようです。

義母の労働意欲を砕いた出来事

そんなふうにいきいきと働く義母をみて私は、当初の予定私がバリバリ外で働き、義母に家のことを任せるとはずいぶん違うものの、お互いの性格的にもこの働き方が合っているようだし、このままでいいかそんなふうに思っていました。

しかし、いつまでも元気でいるかに見えた義母も70代にさしかかり、さすがに衰えが見え始めます。

「…最近、なんだか仕事に行くと疲れるのよね」そう言い出した義母に、えっ、今まで仕事してても疲れなかったんですか!と驚愕したのは数年前のことです。

おはようからおやすみまで24時間疲れっぱなしの私からしたら信じられないほどの体力ではあるのですが。

義母だって超人じゃないんだ、もう70代だものそりゃ疲れるよねそう思っていた頃の事。

ある日、私のパート先に、義父から衝撃の電話がかかってきたのです。

「おばあちゃんが、仕事に行く途中に車にはねられたって」

と。

次回、どうなる?衰えを見せる義母のワークライフバランス?

文/甘木サカヱ イラスト/ホリナルミ