◇渋谷真コラム・龍の背に乗って ◇26日 ヤクルト16―0中日(神宮)

 村上の高く上がった打球が右翼席に落ちた瞬間、新たな歴史がつくられた。史上最年少の100打点。中日も18打点を献上している。僕の「負け支度」もその瞬間に始まった。中日で最後に100打点を挙げた男に、連絡を取ったのである。

 「今、ラジオ中継で聴いていたところですよ。いやあ、村上君はすごい。彼が1年目で、僕が2軍のコーチだったとき、フェニックスリーグで初めて見たんですよ。あの時にはもう、モノが違ってましたから」

 森野将彦さんである。2009年に同僚のトニ・ブランコ(110打点)と激しくタイトルを争い、惜しくも逃したが109打点。この2人を最後に、大台到達者は出ていない。

 「それまではタイロン(ウッズ)につなぎたいと思っていたのが、点取り屋に変わった年だったんです。今でも100に乗せた日のことは覚えています。次の打席でスコアボードに数字が出るでしょ? それを見て、数字の大きさを感じたんです」

 9月17日のマツダスタジアムで大台到達。しかし、打率2割8分9厘はリーグ12位で、23本塁打はトップのブランコより16本も少なかった。それでも打点が1差なのは、得点圏打率が3割4分4厘だったからだ。「ミスター3ラン」と呼ばれ、年間4本。荒木と井端が出て、森野、ブランコ、和田がかえす。まさに「線」になって相手を攻めていた。

 「チャンスは生きがいでしかありませんでした。それと責任感。いや、打席に入るのは怖いんですよ。誰だってそうだと思う。それを知った上での生きがいなんです。僕以来ということは2010年代には誰もいかなかったってことでしょ? まず自分との戦いに勝たなきゃ…」

 今季のチームトップはビシエドの64打点(リーグ6位タイ)。チャンスを生きがいだといえる選手が出てこなければ、この「空白期間」はさらに伸びることだろう。