◇記者コラム「Free Talking」

 「71歳のアイドル」を目の前にして、サッカー元日本代表のラモス瑠偉さん(67)は子どものようにはしゃいでいた。

 「憧れた人。オールスターで一緒にプレーできた時は本当に感動した。『おまえ、そこそこできるね』って、ほめられたらどうしようってね」

 ブラジル代表で「背番号10」を背負い、「神様」とあがめられるジーコさんとラモスさんの特別対談。Jリーグ草創期に技術と魂をぶつけ合い、日本代表、日本サッカーの発展に貢献した2人の「背番号10」は昔話に花を咲かせ、日本での喜び、怒り、悲しみ、楽しみをかみしめ、分かち合っているようだった。

 ラモスさんが2016年末に脳梗塞で倒れた際、ジーコさんから励ましのメッセージを贈られたという。生きる力、リハビリの原動力となり「こんなに心の広い人に出会ったことはない」と感謝の思い、尊敬の念があふれ出る。同郷の大先輩は人としてもお手本だった。

 「神様」と聞くと住む世界が違うように感じるが、ジーコさんの実像は異なる。12年11月、記者はW杯アジア最終予選・オマーン代表戦に臨む日本代表の直前合宿地だったドーハに滞在中、ヨルダン代表戦を控えるイラク代表の練習場へ足を運んだ。ただ、会場にはイラクメディアも広報もイラク協会の関係者も見当たらない。取材できるのかな…。金網越しに練習を見ていると、こわもてのコーチが近寄ってきた。

 「あっ、追い払われる」。そう思ったら「監督が『グラウンドに入って見ていい』と言っている」と告げられ、驚いた。当時、イラク代表の監督だったジーコさんにベンチへ手招きされ「練習をしっかり見ていきなさい。聞きたいことがあれば、何でも聞いていい。写真も自由に撮っていいぞ」と想定外に歓迎され、あっけにとられた。

 他国の代表の練習をピッチ間近のベンチで、しかも監督の解説付きで見たのは後にも先にもこれっきり。アポなしで“偵察”に訪れた失礼な記者に対し、ジーコさんは「日本人は親切で、いつも助けられたからね」と屈託なく笑っていた。

 サッカーがうまいだけの偉人ではない。ピッチ上では誰よりも勝利にこだわりながら、ピッチ外では他者に対して優しく、温かい。世界には多くの「神様」が存在こそすれど、ジーコさんほど日本に寄り添い、日本サッカーを見守り続けてくれる「神様」は、他にはいない。(サッカー担当・松岡祐司)