◇渋谷真コラム「龍の背に乗って」◇21日 巨人1−1中日(東京ドーム)

 4時間25分の激闘が終わる5時間ほど前。開始前のシートノックで僕は51番の姿を追っていた。昇格したばかりの上林が「3番・中堅」で先発起用されるとわかっていた。試合に備えた準備の時間。ただ、彼にとってそれは「たかが」ではないとも知っていた。

 ちょうど2年前、上林は佐賀市内の病院で不安を抱えたまま、病室の天井を眺めていた。5月20日に右アキレス腱(けん)の縫合手術を受けた。断裂したのは18日。西武戦(那覇)に備えたシートノック中だった。

 「捕った時に『ボコッ』と音がして、僕は小さな穴に入ったんだと思ったんです。でも倒れて立てなくなっちゃって…。痛みより吐き気がしたんです。だからスタッフの方にも『触らないでください』って」

 打率3割1厘、1本塁打、12打点。打撃好調だったところの悲劇だった。全治6カ月。シーズンは終了した。

 春先にこの嫌な記憶を振り返ってもらった時に、こんな約束をした。「まる2年がたった5月18日に、この話を記事にする」と。だが、その日の彼はナゴヤ球場での2軍戦。横浜(1軍)にいた僕は、気になって速報サイトでチェックしていたら、阪神の左腕・門別から本塁打を打った。因縁の日に、自分の力で再昇格をたぐり寄せたのだ。

 「去年は朝起きたときに『今日は動くかな』って確かめてましたけど、今はもう大丈夫です。ただ…。(19日の2軍戦で)デッドボールが当たって、投げられるんですけどいつもの感覚と違いました。あれも刺したかったんですが」

 もう患部に不安はない。6回には左翼フェンス直撃の打球を、全力疾走で三塁打にした。唯一悔しがったのは7回の吉川の同点犠飛。三走の重信に全力送球で挑んだが、2日前に右肩に受けた死球は、クッキリとアザになっていた。

 それでも大きなケガと戦力外を乗り越えて、中日にやってきた。あれから2年。この日からチームは、20試合連続ドーム球場で戦う。連勝して水を差されることも、苦境での恵みの雨もない。ブルペンも野手も総動員。上林の力が必要なのは、ここからだ。