まつもとゆきひろ氏・笹子CTOが「メディカルケアステーション」で目指す医療・介護業界の改革とは

まつもとゆきひろ氏・笹子CTOが「メディカルケアステーション」で目指す医療・介護業界の改革とは

ソーシャル医療プラットフォーム「メディカル・ケア・ステーション」とは

エンブレース(embrace)には「抱きしめる」という意味がある。医療介護に特化した情報流通とコミュニケーションを通じて、患者や家族を「抱きしめるように」支えていくというのが、日本エンブレースの企業理念だ。

事業の柱は、医療者、介護従事者、患者、家族のコミュニケーションを潤滑にするソーシャル医療プラットフォーム「メディカル・ケア・ステーション(MCS)」。2013年のリリース以降、ソーシャル時代にふさわしいプラットフォームとして、多くのユーザーに支持されてきた。

▲完全非公開型 医療介護専用SNS「メディカルケアステーション」

全国に891ある医師会のうち現在は200以上が採用、27,000を超える医療介護関連施設が参加する。日常の診療、治療、ケアの現場で急速に利用が拡大している。

例えば在宅医療介護では、患者とその家族は、かかりつけの医師、自宅を訪問するケアマネージャーなどと、専用のアプリを通してが頻繁にコミュニケーションを行う。

「お薬を飲みましたか」「今日の気分はいかがですか」などの医師や介護士あるいはボットからの問いかけに、テキストを入力したり、フェイススケールを選んで答えることで、自宅にいながらにして、あたかも医師介護の専門家がベッドのそばについてくれているような環境で患者は治療に専念できる。

「一種のバーチャルホスピタルという言い方も可能だと思います」と言うのは、日本エンブレースシステムの市場啓伸氏だ。

▲株式会社日本エンブレース システム開発事業部 ディレクター 市場啓伸氏

当初からプラットフォームとしての開発を意識したのは、外部システムとの連携を容易にするため。RESTFULやOpenID Connect対応のAPIを開放することで、電子カルテやレセプトソフトといった医療システム、地域医療ネットワーク基盤システム、遠隔医療サービスまであらゆる外部システムと連携が可能になっている。

一方でMCSは「MCS App Framework」と呼ばれる開発基盤を外部に提供。
治療・介護、ヘルスケア分野などのアプリケーションを最適な形で開発するためのモジュール群やUI/UXを部品化することで、外部の企業が医薬品や薬剤の服薬・投与支援、副作用管理、介護や健康維持、予防などのケアプロセスをサポートするアプリを開発することを容易にしている。

MCSは、患者や医療・介護従事者の利用料は一切無料だが、APIを活用してシステム連携やアプリ開発などを行う外部企業には有償サービスとして提供される。これが同社の収益源になる。

医療介護情報は高度な個人情報でもあるので、コミュニケーションにおけるセキュリティ担保も重要だ。MCSは、厚生労働省および日本医師会より通達されている指針に則って設計された完全非公開型の医療介護専用SNS。

メッセージのやりとりは一人の患者を起点にした同一グループのメンバーにしか公開されない仕様になっている。

「現在は主に在宅医療の現場を中心に活用されていますが、今後は入院・通院、病院連携、さらには医療分野を超えて子育て支援などに広がる可能性を秘めています」
と、市場氏はプラットフォームの成長性を語る。

まつもとゆきひろ氏がエンジニアのモチベーションを高める

ICT活用で医療や介護の現場でのコミュニケーションを促進し、患者と医療介護従事者をつなぐことで、患者が自立的な立場で最適な医療介護を選択・利用できるようにする。

こうした同社の理念を実現するためには、まずはICTシステムの運用をバックグラウンドで支える技術開発力を強化しなければならない。

同社は2014年9月から、技術顧問として「Ruby」の開発者で知られる、まつもとゆきひろ氏を招聘している。

▲日本エンブレースの技術顧問を務める、プログラミング言語「Ruby」開発者 まつもとゆきひろ氏

「日本エンブレースの伊東学CEOから直接オファーを受けて、技術顧問として関わるようになりました。MCSがまだバージョン1でJavaで書かれていた頃です。

バージョン2のリリースに向けて、データベース構造の見直しや、Rubyでの再設計が課題になっていたこともあって、Rubyによる開発プロジェクトを数多く見る機会がある私の知見が活かせるのなら、と思って参加しました」
と、まつもと氏は振り返る。

同社の企業理念への共感というのはもちろんあったが、業務内容が他の顧問企業と直接バッティングしないこと、事業内容が受託開発ではなく自主サービスを展開していることなど、まつもと氏が自分に課している顧問を受ける条件にも合致していた。

「とはいえ、私には医療関連の業務知識はありません。あくまでも最近のプロジェクトにおけるRubyの使われ方、特にその失敗事例を中心に第三者的視点からアドバイスするというのが私の役割でした。

技術情報を提供し、開発チームの知的好奇心を煽って、モチベーションを高める、つまりはエンジニアの“福利厚生系”を促進する(笑)というのは、私の得意とするところでもありますので」

顧問として月に数回程度、会議などに参加しながら、まつもと氏自身にも新たな気づきが生まれた。

「医療をめぐる現在の法規制が、技術革新の阻害要因になることもあります。また医療実務はドメスティックなもので、グローバル標準というものがない。
日本エンブレースの事業をめぐってはこうしたハードルがたしかにあるのですが、これを何らかの形で突破することができれば、社会に与えるインパクトはきわめて大きなものになります」

笹子氏のCTO就任で、エンジニアリングを加速させる

MCSは現在はWebシステムとして運用されているが、近々、Android、iOSのスマホアプリをリリース予定だ。

今後、さらにシステム連携やアプリ開発が進むことが予想されるから、社内の開発力のいっそうの拡充は急務となる。

エンジニア採用もその一つだが、なによりも開発組織作りが課題になる。そのために、同社が10月に執行役員CTO・事業部長として招聘したのが、笹子圭太氏だ。

▲株式会社日本エンブレース 執行役員CTO・事業部長 笹子圭太氏

笹子氏はヤフーに11年にわたって在籍。検索開発本部長として、検索コア技術の開発、サービス開発で活躍する。2015年からはKAIZEN Platforn, inc.に移り、Ad事業部の事業部長として新規事業の立ち上げに従事してきた。

「リアルな世界と接点を持つ仕事をしたかった。そこではFinTechやヘルスケアが面白そうかなと漠然と考えていたのです。特にヘルスケアについては、日本は高齢化が進む課題先進国。医療政策が変化していく中、医療情報サービスは前時代的なところが残っている。

しかし、スマホなどのインターネット・テクノロジーがインフラとして急速に普及するなか、医療情報サービスの変化が加速している。伊東CEOから話を聞いたとき、これらを活用したビジネスや、それを支える開発組織を作るという仕事に俄然興味が湧いたのです」

まつもと氏が技術顧問として参加していることも重要な転職動機になった。

「まつもとさんがエンジニアのモチベーションを喚起するところに注力されているのなら、私はそれを受け止める立場。最先端技術を追いかけながら、その関心を開発力の強化に転化するためには、開発組織はどうあるべきか。

そうしたチームビルディングは、私にとって以前から課題でした。それを日本エンブレースというまだ新しい会社で、一から実践することができることにわくわくしています」

10月にCTOに就任したばかりなので、まだ構想レベルだというが、「開発のスピードをこれまで以上に上げること」を目標にしている。

「これまでの日本エンブレースは、外部企業に協力を仰ぎながらの開発だったため、新機能の追加などサービス拡充のスピードに限界がありました。社内のエンジニアリングチームを強化して開発スピードをアップします」

ヘルスケア分野における人と機械の融合も、今後の重要な開発テーマになる。

「患者さんの医療データを集めて、AIである程度の診断予測をすることが可能になりつつある。診断予測精度は100%ではないので、人が介在して最終判断をするわけです。私たちのシステムが医療介護従事者のアシスタントになって、人でしかできないことは人がやって、機械はそれ以外のことをサポートすることで、医療の質を向上させる手助けをしていきたい」

CTOとしての最初の課題はエンジニア人材の採用になる。

「まずは、エンジニアチームとそのカルチャーをつくること。医療の課題に向き合って、プロダクトを創りたいエンジニア。医療という人命にかかわるサービスなので、セキュリティやインフラを極めたいエンジニア。それぞれのプロフェッショナルがチームで力を発揮する環境をつくっていきたい。

日本エンブレースはまだエンジニア業界では知名度が低い。しかし、事業内容を知ってもらえれば、社会的意義が高いことはわかってもらえるはず。患者さんからは利用料は取らないというビジネスモデル。

さらにITで医療と患者の関係を変えるという社会的意義。単にお金のためだけでない、プログラムを書くことの大義を感じることができる会社だと思います」と、笹子氏は人材要件を語る。

「医療コミュニケーション改革を進めようという、CEOらの構想や情熱には確かなものがあります。その想いがほとばしるあまり、これまでのエンジニアリングにはもどかしさを感じることがあったかもしれない。

しかし、笹子さんの参画でエンジニア組織がよりスピーディーに動き出すようになれば、構想の実現もスピードアップされるはず」と、まつもと氏も会社の未来に期待を寄せている。

(取材・執筆:広重隆樹 撮影:延原優樹)


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