仕事の旅、そして、そのローカルを旅する

写真家として、撮影で遠方に行くこともあるのですが、それはもはや旅ではなく、常に気の張った仕事です。出張でいろんなところへ行けてうらやましいといわれることも多いのですが、これが結構疲れるものなのです。

旅行という言葉で思い起こされる、気の抜けた、のびのびとした感じとはほど遠く、撮影も無事に終わり、空いた時間でちょっとでもその土地を堪能しようと思っても、重たい機材や、納品のことなんかを考えると、とてもそんな気分にはなれないのです。

ですが、数年前から文章を書き始め、それが運よく出版され……となると、地方にある本屋さんからイベントに誘われることも増えました。本についてのトークショーをするために行くのです。遠方にいる読者の方に会えるのはもちろんうれしいし、呼んでくださった本屋さんとも親しくなり、本を出版するたびに、トークとかこつけてその土地へ行くことにすっかりハマってしまいました。

そんななか、大好きな場所を見つけました。数年前の夏、高松の本屋さんで刊行記念のトークをした際、同行していた編集さんや地元の人に勧められ、豊島(てしま)に行ってみることにしました。

高松の船乗り場から、まるでアトラクションのようにびゅんびゅん波の上を進む高速艇で、瀬戸内海に浮かぶ小さな島々を横目に約35分。のどかな小さい島に着きました。そのときは編集さんの運転するレンタカーに乗せてもらい、一気に山を登りましたが、電動のレンタサイクルでのんびり走っている人もたくさんいます。

豊島へ向けて出発!

豊島へ向けて出発!

白く、球体のように丸い〈豊島美術館〉

豊島自体が〈瀬戸内国際芸術祭〉の会場のひとつでもあるので、島のあちこちで作品に突如出くわすことも。季節は夏ということもあり、じりじりと日差しは強いのですが、海風が島全体を吹き抜けていき、車の窓は全開に。クーラーのために閉め切るほうがもったいないくらい、気持ちのいい風です。

豊島に着きました。

豊島に着きました。

くねくねとした山道を登りきったと思ったら、眼下に広がる海と、突如現れた白くて丸い球体のような建物が目に飛び込んできました。ここが目的地の〈豊島美術館〉です。

前情報も一切いれず、ただぼんやりとついていったのですが、美術館といわれているからには、絵や作品が飾ってあるのだろうと、何の疑問も持ちませんでした。でもこの建物は一体なに……? と、エントランスから美術館につながる緑の中の遊歩道を進むと、入り口に着きました。

同時に立ち寄った女木島(めぎじま)からの景色。女木島も最高だった。

同時に立ち寄った女木島(めぎじま)からの景色。女木島も最高だった。

手前には、中にいる人のものであろう靴が並び、どうやら脱いで入るようです。案内の人が、小声で注意事項を説明してくれます。大きな声を出すおしゃべりはNGであることや、作品には触ってはいけないことなど、ごくごく普通の美術館と同じです。中の様子が伺えず、何が待っているのだろう、と若干不安になりながら、靴を脱いでそうっと入って行くと、そこにはこれまでに見たことのない場所が広がっていました。

真っ白で広い、コンクリートがひんやりとする、一見何もない大きな大きなスペースです。一瞬唖然とし、おそるおそる中まで入ります。ぺたぺたと裸足で歩くと、ひんやりと冷たく、それがまた心地いいのです。足元をよく見ると、球体や楕円形の白い小さな物体が置いてあったり、気づいたら水が流れてきたり。その水は大きな水溜りに向かって流れるものや、小さな穴に静かに流れていくものもあり、穴に落下音が反響して小さく鳴っています。

天井といっていいのかもわからない上部には、丸く大きく空いた穴が。目をこらしてみるとそこからは糸が垂れ下がり、日光できらめきながら風にたなびいています。緑と青空がのぞき、風が内から外から通り抜けていきます。ここが中なのか外なのかも説明ができず、いるのは人間だけではなく、足の長い細い蜘蛛の姿も。

こちらも女木島から。豊島美術館周辺は神聖すぎて写真が撮れませんでした……。

こちらも女木島から。豊島美術館周辺は神聖すぎて写真が撮れませんでした……。

受動態になってしまう美術館

鑑賞者、というのが正しいのかもわかりませんが、ここへ来た人はそれぞれが好きに過ごしてよく、私も水溜りのそばにそっと座ってみました。不思議と、立っている人さえも、なんだか作品のように見えてきます。寝転がっている人もいて、どこかから小さないびきが聞こえてくることも。

おしゃべりは禁止。それは美術館ではよくあるマナーですが、そうしなければいけないというより、しゃべることがもったいない、誰かと何かを共有する場所ではない(もしくはそこに居合わせただけで共有している)と実感したのも初めてでした。

写真撮影は禁止ですが、携帯を取り出す人もいません。何をするでもなく、ただぼんやりと、その場にいることができる。これこそ私が「旅」を通じて出合いたかったものだと、いたく感動したのでした。

自転車が気持ちいい。

自転車が気持ちいい。

美術館に行くということは能動的な行為であるのに、あの場所へ行くと不思議と受動態になってしまう。自分が、そこにいるだけでいい、それはとても不思議な体験でした。あんな気持ちになれるのは、私は今のところ豊島美術館しか知りません。

何もないように見えて、すべてがある場所。今はコロナ禍で簡単に行くことはできませんが、私にとっての大事な場所が、あの空間が今もちゃんと存在している。そう思うだけで、不思議と心はあの場所につながり、心が休まるような気がするのでした。

profile

Ichiko Uemoto 植本一子 

写真家。1984年広島県生まれ。2003年に「キヤノン写真新世紀」で荒木経惟氏より優秀賞を受賞。写真家としてのキャリアをスタートさせる。2013年より下北沢に自然光を使った写真館〈天然スタジオ〉を立ち上げ、一般家庭の記念撮影をライフワークとしている。

著書に、『働けECD〜私の育児混沌記〜』(ミュージック・マガジン)、『かなわない』(タバブックス)、『家族最後の日』(太田出版)、『降伏の記録』(河出書房新社)、『フェルメール』(ナナロク社・BlueSheep)、『台風一過』(河出書房新社)。写真集に、『うれしい生活』(河出書房新社)がある。

Web:植本一子

text

Ichiko Uemoto

植本一子