スポーツに特化したワーケーションサービス「WithWork」とは

11月のある日、伊豆大島は澄み切った空が広がる快晴だったが、かなり強い風が吹いていた。その風を受けながら、右手に海、左手には約2万年もの大地の記憶が刻まれた〈地層大切断面〉が続く景色を、複数の自転車が駆け抜けていく。

〈地層大切断面〉の前を通過する参加者。

〈地層大切断面〉の前を通過する参加者。

スポーツ庁が行う「スポーツによるグローバルコンテンツ創出事業」として新たに立ち上げられた「WithWork」。そのサービス内容のひとつであるサイクリングの参加者たちは、すでに20日間近くこの島に滞在していて、みんなで走るのは今日が2回目。同じ趣味を持つ人同士、仲良くなるのは早いようで、休憩ポイントでも和気あいあいとした雰囲気が漂っていた。

この日は休日とあって、同サイクリングには多くの人が参加。

この日は休日とあって、同サイクリングには多くの人が参加。

サイクリングイベントの途中で、島の南にある、ノスタルジックな風情の波浮(はぶ)港のまちを訪れた参加者たち。

サイクリングイベントの途中で、島の南にある、ノスタルジックな風情の波浮(はぶ)港のまちを訪れた参加者たち。

新しい暮らし方、新しい働き方が社会に定着しつつあるなか、頻繁に聞くようになった言葉が、ワーケーション。“Work”と“Vacation”の造語で、観光地やリゾート地など非日常的な環境でリモートワークを行いながら、余暇も満喫する過ごし方だ。

ワーケーションにおける余暇の部分の楽しみ方は、もちろん人それぞれだが、WithWorkは多様化する趣味のなかでも、不動の人気を持つスポーツに特化。好きなスポーツを存分に楽しめる地域に長期的な滞在をしながら、仕事を行い、地域ともつながることができる会員制のサービスだ。

WithWorkの特筆すべきメリットは、ワーケーションを実践するユーザーと受け入れ側となる地域の双方にとって、プラスの効果が期待できる点だ。たとえば受け入れ側は、主に観光地やリゾート地が想定されるが、オフシーズンや平日はどうしても来訪者が少なくなってしまう。

一方、ユーザーのメインは都市部のテレワーカーが想定されるが、観光のオフシーズンを有効に活用する。つまり、従来型のワーケーションがレジャー、観光の途中に働くものであるケースが多いのに比べて、WithWorkは観光の一環ではなく、より日常的な利用を促進することができる。そしてユーザーとしては趣味のスポーツを贅沢な環境で毎日楽しめることが最大のメリットだ。

そのモニターツアーの舞台として選ばれたのが、伊豆大島。伊豆諸島のなかで最も北に位置し、竹芝客船ターミナルから高速ジェット船だと、約1時間45分でアクセスできる東京の離島だ。

世界遺産と同様に、ユネスコが推し進めているジオパークに認定されていて、ダイナミックな地形や自然環境は、サイクリストの間でも聖地とみなされている。事実、2016年には「アジア選手権ロードレース」と「全日本選手権ロードレース」が開催され、2017年からは「全日本マスターズ選手権」の舞台にもなっているのだ。

仕事もサイクリングも意欲的に。フリーランスプログラマー・リーさんの場合

サイクリング WithWork 伊豆大島で実施されたのは、10泊プランと25泊プランの2コース。25泊プランの参加者2名に、ツアーの後半を迎えたタイミングで、その感触をうかがった。

リー・ティエンさんは都内在住のプログラマー。この日はみんなで島を1周後、ヒルクライムレースが開催される〈御神火スカイライン〉という難所を、日没に合わせて“おまけ”として走破していた。

「3年前くらい前にテレワークになったのですが、この仕事スタイルがちょっと飽きてきたなという頃にコロナが感染拡大して……。テストモニターの募集記事をSNSで見たときは、話がうますぎて大丈夫かなと思ったほどでした(笑)」

 都内在住のプログラマー・リー・ティエンさん。仕事と趣味のサイクリングの両立を図る。

都内在住のプログラマー・リー・ティエンさん。仕事と趣味のサイクリングの両立を図る。

初めて訪れた大島の景色にリーさんは感動。非日常的な景色の中を走るのは気持ちがよく、ほかの参加者に誘われて人生初の朝練も体験した。

「自分は今まで上り坂に苦手意識があったのですが、朝練をしたり、アドバイスしてもらったおかげで上り坂に対する免疫ができました。実は今日も、みんなで走る前に御神火スカイラインをひとりで上ってきたんですけど、最後に誘われてまた上ってしまいました(笑)。大島に来てすぐのときは、1回上り切るのも無理だったのに。特訓の成果ですね」

夕暮れの〈御神火スカイライン〉を走るリーさん。

夕暮れの〈御神火スカイライン〉を走るリーさん。

仕事とのバランスについても、時間的な部分である程度融通が効く職種のメリットを生かし、ワーケーションらしさを享受することができたようだ。

「大島の天気は変わりやすいので、仕事の都合上、たとえば朝しかトレーニングができない人は、天気に振り回されたかもしれません。その点、僕みたいにフレキシブルなスケジュールで働ける人には、向いていると思いました」

参加者の宿泊先は、試験的な意味を込めて、ホテルやゲストハウスなどを数日ごとにローテーションするシステムを採用。それによって仕事をする環境も変わるわけだが、リーさんは滞在中の部屋やWi-Fiが使える場所だけでなく、気分転換も兼ねて図書館や景色のいい場所に行くなどして、やはり臨機応変に対応。

「念のためポケットWi-Fiを持ってきていたので、Wi-Fiが不安定なところではそっちを使っていました。リモート会議が多い人は、宿によってWi-Fiが不安定だったりすることや、周りを気にせず会議ができる環境かどうかを気にしていましたね」

最初の5日間くらいは先が長いと思っていたが、1週間を過ぎた頃から25泊でも足りない気持ちが湧いてきた。

「参加できて本当によかったですし、まだ行ったことのないところでこのサービスがあったら、ぜひまた参加してみたいですね」

「本当に罰が当たるんじゃないだろうか」会社員・矢野浩一さんの場合

千葉県在住の矢野浩一さんは、会社員としてマーケティング業務に従事。ロードバイクを始めたのは8年ほど前。動画サイトで募集告知を偶然見かけて、すぐに申し込みをした。

「もともと伊豆大島が好きで何度か走りに来ているのですが、ワーケーションで参加できる点が、自分の希望と合致していました」

矢野さんの会社では、東京オリンピックの開催を機にテレワークを推奨し始め、現在、出社するのは月に1日程度。

「ワーケーションも会社が前向きに取り入れようとしていて、もちろん会社の了承を得て参加しています。周りからは、ただただ羨ましいと言われていますが(笑)」

出社は月に1度、主にリモート会議で仕事を進めているという矢野浩一さん。

出社は月に1度、主にリモート会議で仕事を進めているという矢野浩一さん。

島での平日のスケジュールは、起床後、自転車かランニングでひと汗流し、8時過ぎから17時半くらいまで仕事。気が向いたらまた運動をして、夜はみんなでごはんを食べに行くことが多い。

「本当に罰が当たるんじゃないかというくらい、充実した生活です。僕たちからしたら聖地といえる場所で、自然の豊かさや、ときに厳しさも感じながら過ごせるのですから」

長い坂道も何のその。サイクリングの聖地で走る喜びを噛みしめる。

長い坂道も何のその。サイクリングの聖地で走る喜びを噛みしめる。

長期滞在だからこそ悩ましかったのは、食事面。宿で提供される食事や外食はおいしいものの、そればかりだと飽きてしまううえ、どうしても栄養が偏りがちに。

「できれば自炊をしたかったのですが、キッチンがあるかどうかは宿によって異なり、設備があったとしても道具や調味料がなかったりして、インスタント食品が多くなりがちでした。たとえばですが、スーパーで使える長期滞在者向けの割引クーポンがあったり、手軽な調味料セットが売っていたりすると、便利だろうなと思います」

ほかにも、島の人と触れ合えるような機会があったら、滞在がより充実したものになるという提案も。

「毎年は難しいでしょうけど、何年かに一度のペースでまた参加したいです。そのくらい、いい記念になりました」

ユーザーと地域がつくり上げるワーケーション

ふたりの話からもわかるように、滞在の拠点となる宿泊施設は重要なポイントといえる。今回はサイクリングに特化したワーケーションという性質上、Wi-Fi環境や自転車を置けるスペースなどがある程度整っているところが協力している。なおかつ宿泊施設の形態も、温泉施設のあるホテルから、キッチン付きのゲストハウスまで幅広い。

たとえば〈BookTeaBed〉はその名前通り、「本」と「カフェ」と「泊まる」ことにこだわったゲストハウス。中心エリアの元町にあるため日々の買い物や外食に困らないのに、ビーチまで徒歩3分と自然にもアクセスしやすいのが、メリットといえる。ちなみにリーさんはここに滞在したとき、部屋の窓から海が見えて、仕事をしながら癒やされたそう。

大島の中心エリアに位置するゲストハウス〈BookTeaBed〉。

大島の中心エリアに位置するゲストハウス〈BookTeaBed〉。

〈BookTeaBed〉の客室内。リモート会議は自室で、それ以外はカフェスペースでと切り替える人も。

〈BookTeaBed〉の客室内。リモート会議は自室で、それ以外はカフェスペースでと切り替える人も。

「カフェは宿泊者以外も利用できますし、ここでお仕事をされる方もいます。大島は朝ごはんを食べられる場所が限られているので、カフェのモーニングは重宝されています。意外と食べやすい〈くさやホットサンド〉や、大島バターを使った〈あずきバターホットサンド〉が人気です」とスタッフの村上あゆみさん。

その元町から車で30分弱のところにある波浮港は、ノスタルジックな風情のまち並みで、島で今一番熱いとも言われているエリア。ゲストハウス〈青とサイダー〉も波浮港をおもしろくしているスポットのひとつで、そのコンセプトは「アートと自転車のための宿」。

波浮港近くにあるゲストハウス〈青とサイダー〉。

波浮港近くにあるゲストハウス〈青とサイダー〉。

「自転車に着目したのは、大島にはロードバイクを楽しみに来る人はそれなりにいるけれど、波浮に泊まってくれる動線がなかったから。でもみんな島を1周するので、まずは半周して波浮に泊まってもらいたいと思ったんです」とオーナーの吉本浩二さん。

サイクルラックや空気入れなど設備の多くは、宿泊客のリクエストを聞いて徐々に充実させてきた。隣接する酒屋〈高林商店〉にある角打ちスペースを、昼間はワーキングスペースとして開放しているのも、お客さんのリクエストが発端になっている。

〈高林商店〉の角打ちスペースは、昼間ワーキングスペースとして開放。吉本さんがDIYした。

〈高林商店〉の角打ちスペースは、昼間ワーキングスペースとして開放。吉本さんがDIYした。

青とサイダーに限らず、どこの宿にも自転車乗りにやさしい設備が備わっていることが多い。

青とサイダーに限らず、どこの宿にも自転車乗りにやさしい設備が備わっていることが多い。

「最近、ワーケーションのお客さんが多くなってきて、『寝るスペースとは別に、仕事のスイッチが入る場所があるとうれしい』と言われたんです。この場所も昼と夜で違う使い方をしたかったので、ちょうどよかったですね」

課題が見えたからこそ感じられる可能性

大島観光協会事務局の岡田雅司さんは、島の現状をこう語る。

「ワーケーションは観光の一形態として魅力的ですが、大島は都心からアクセスしやすいと言っても地続きではありません。なので、すべてをリモートで解決しなければいけないことが、ユーザーにとってネックになる懸念がありました。

ただ今回は、スポーツと組み合わせたワーケーションということで、サイクリングが趣味の人であれば、精神衛生上とてもよい環境で仕事ができるのではという期待も込め、協力させてもらうことになりました。

実際に募集が始まるまで、不安材料をすべて払拭できてはいませんでしたが、初日に予定人数をはるかに上回る応募があったと聞き、関心の高さにも驚きました」

伊豆大島WithWorkロゴ

大島のメインとなる観光シーズンは、夏場と椿まつりが開催される1月末から3月。それ以外のシーズンは、来島者が大幅に減ることも以前から課題となっていた。

「その点、ワーケーションは期間が長いこともありますし、閑散期にお客さんが来てくれるのは、大島にとってもプラスになる一歩だと思っています」

これは地方の多くが直面している課題といえるが、大島も「一家に1台」ではなく「ひとり1台」といえる車社会。島内の公共交通機関はバスのみで、本数も限られているため、観光客はレンタカーを利用しないと移動がかなり不便だったりする。

置かれた自転車

「自転車を持ち込む方の場合、移動の問題が解決されることも島としては非常にありがたいです。そういった意味でも自転車と大島の相性はよく、ヒルクライムやグルメライドなど、さまざまな自転車イベントを開催して、舵取りをしている状況ではあります」

「サイクリング WithWork 伊豆大島」を実施した最大の成果は、いい面も改善すべき面も含め、やってみなければわからなかったことが、具体的に見えてきたことだろう。

「共通の趣味を持つ人たちなので、コミュニケーションがスムーズで、みなさん楽しそうに過ごされているのが印象的でした。あえて島のいろんなエリアに滞在していただきましたが、近くに商店が少ないなど不便な環境もなかにはあったと思います。ただその辺りは、最終的なフィードバックで解決できることもあると思っています。

たとえば大島は車社会なので、デリバリーやケータリングのサービスが薄いのですが、需要が認識されることによって、新たなサービスも生まれやすくなります。今までは課題すら曖昧で、ワーケーションに対する不安のほうが大きかったのですが、実際に多くの応募があって、来島していただき、楽しんでもらえている状況が励みになりますし、課題が見えたことで新たな可能性も感じています」

WithWorkはモニターツアーの成果を生かし、来年度以降の本格始動を目指していくそう。さらに、参加者だけでなく、一緒にこのサービスをつくりあげてくれる自治体や地域の事業者の方も募集している。今後、どんな地域、どんなスポーツでのワーケーションが展開されるのか、期待が膨らむ。

information

WithWork

好きなことを存分に楽しめる地域に長期滞在しながら仕事をし、地域とつながることができる会員制のスポーツワーケーションサービス。

Web:公式ページ

writer profile

Ikuko Hyodo

兵藤育子

ひょうどう・いくこ●山形県酒田市出身、ライター。海外の旅から戻ってくるたびに、日本のよさを実感する今日このごろ。ならばそのよさをもっと突き詰めてみたいと思ったのが、国内に興味を持つようになったきっかけ。年に数回帰郷し、温泉と日本酒にとっぷり浸かって英気を養っています。

photographer profile

Tetsuka Tsurusaki

津留崎徹花

つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。移住先を探した末、伊豆下田で家族3人で暮らし始める。自身のコロカルでの連載『暮らしを考える旅わが家の移住について』では執筆も担当。