創業は幕末の1860(万延元・安政7)年。160年以上そば店を続けてきた「尾張屋」は、かつて、文豪・永井荷風が毎日通ったというエピソードもある名店です。おすすめは大きなえびの天ぷらがのった「天ぷらそば」や、風味豊かなつゆとそばがよく合う「鴨せいろ」。老舗ならではの店内も楽しみながら、威勢よくズズッとそばをいただきましょう。

幕末に創業した、数々の著名人御用達の老舗そば店 

飲食店やおみやげ店が立ち並ぶ浅草の雷門通り。新しいお店と昔からある老舗がバランスよく並んでいて、浅草に活気を与えています。

「尾張屋」は、そんな雷門通り沿いにある老舗のそば店。創業はなんと幕末の1860(万延元・安政7)年です。

創業当初は近くの別の場所で営業していましたが、3代目の時に東京大空襲で焼け出され、そのあと、現在の場所にお店を移転、営業を再開したそうです。
現在は、5代目がお店を切り盛りしていて、次期6代目も一緒にお店を盛り立てています。

そばとつゆのバランスが抜群

尾張屋で人気なのが、鴨肉が入ったつゆに、そばをつけて食べる「鴨せいろ」。つゆは、ごま油で炒めた鴨のもも肉と千住ねぎが入って風味豊かで、そばにからんで、とても相性がいいです。

そばは、墨田区の製麺所で挽いてもらっているオリジナルのもので、そばの産地は固定せず、時期によっておいしい旬のものを使うようにしているとのこと。

また、王道の「天ぷらそば」もおすすめです。丼からはみ出すほど大きなえびの天ぷらが2尾、ドーンとのっていて、かなりなインパクト。

つゆは、地元の関東の人にも、薄味が主流の関西の人にもなじむバランスを見極め、かつおだしで1時間以上かけて作っているそう。辛すぎず、だしが効いた品のある味わいです。

写真嫌いだという文豪・永井荷風の貴重な写真も

さすが、歴史がある老舗だけあって、著名人もたくさん来ています。
毎日のようにほぼ同時刻に来店したという作家の永井荷風。お店側も心得ていて、その時間になると、いつもの席を空けておいたそうです。

でも、店内に飾られた永井荷風の写真は、大好きなそばを食べているのに、なぜかムスッとした表情。なんと、居合わせたファンが、写真嫌いの荷風を撮影して、後日お店に写真をくれたというお話を聞きました。
今では許されないような行為ですが、大正末期〜昭和初期ならではのエピソードですね。

創業年数を考えると、これまでどんなにたくさんの著名人が、このお店を訪れたことでしょうか。ちなみに、本店には落語家さんが、支店には歌舞伎役者さんが、今もよく来店されるそうです。

店内を飾る老舗ならではの品々

ほかにも、店内のあちらこちらに、気になるものが飾られています。

2階の小上がりの壁には、「浅草寺御用」と書かれた木の看板がかかっています。これは、毎月18日の観音様の縁日に、浅草寺に出前をしているからだそう。
本来、出前はしていないのですが、昔からの浅草寺とのご縁で今も変わらず続けているとのことです。

別の壁には「浅草うまいもの会」の手ぬぐいも飾られています。「浅草うまいもの会」とは、“味を守り、味を誇る、おいしいお店”が集まっていて、新たに入ることはできない会だそうです。
残念ながら閉店してしまったお店もありますが、さすが、浅草の食文化の担い手が勢ぞろいしています。

また、力士の手形にも目を引かれます。これは、日本人の4横綱が現役でそろっていた時期の貴重な手形だそうで、「尾張屋」の文字も入っています。

そんな貴重な品々を見られるのも、老舗ならでは。尾張屋が江戸時代から重ねてきた歴史を感じながら、そばをゆっくり楽しみましょう。