日本中を車中泊しながら旅するカップルYouTuber、サニージャーニー。こうへいとみずきカップルのスタートは順調だったものの、旅の序盤に、みずきが体調を不良を訴える。病名は「すい腺房細胞がん」。そして宣告されたのは「ステージ4」「余命4カ月から2年」……。
そんなサニージャーニーのふたりが書き上げた本『日本一周中に彼女が余命宣告されました。』(双葉社)には、窮地に立たされたふたりがぶつかった壁と、今を生きるためにふたりがどう立ち向かったかが克明に描かれている。
一夜にして「バズる」ということの高揚、一方で憶測から生まれるバッシング……。いわずもがな体調が悪いみずきと、みずきを看病しながらYouTubeで生計を立てなければならなかったこうへいにとって、どのような日々だったのだろうか。
同時期に訪れた夢のような一日、そして告知まで。
“夢の国”を楽しんでホテルに戻ると動画がバズっていた
たっぷりと夢の国(編集部注:ディズニーランド)を楽しんでホテルに戻ると、動画がバズっていた。
実は先日撮ったすい臓がんの発表動画を、今日の19時公開に設定しておいたのだ。
動画タイトルは「婚約中の彼女がすい臓がんになりました。【日本一周車中泊中断】」
サムネには福岡の八女市でたまたま出会ったフォトグラファーの方に撮っていただいた、僕たちが笑顔で向き合って座っている、お気に入りの写真を使った。
動画が拡散されるためには、タイトルとサムネはものすごく重要だ。
この動画はなんとしてもバズらせたかったので、散々ふたりで話し合った。結果シンプルに、でも自分たちらしく明るく現状を伝えようとこの形になった。
ちなみに僕たちの動画でそれまでの最高記録は、旅の前に出したカノアの納車動画。この時点で130万回再生されていた。
すい臓がんの発表動画の再生回数の推移は以下のようになった。
最初の1時間で7,000回
2時間で3万回
5時間で11万回超え
1日で37万回超え
たった1日で納車動画を除くそれまでの全ての動画を抜きさった。
絶対にバズらせようと思っていたが、反応は思った以上だった。
スマホを見るたびに数千回単位で視聴数が増え、次々とコメントがつき、3万人だった登録者も1日で倍になり、数日で10万人を超えた。これが本当にバズるということなのだと実感した。
再生数が伸びるたび、今までずっとつきまとっていた「お金どうしよう」という緊張感がふっと緩んだ気がした。心の中に安堵が広がり、今まで「大丈夫」を繰り返しながらも不安を感じていたことに気づいた。
ずっと節約旅を心がけ、旅をしながら貯金できていたので、すぐ生活に困ることはなかった。しかし、北海道での家が決まるまでのホテル滞在費、家の入居費、家財道具、みずきの医療費……今後どれだけのお金が必要なのかわからぬまま出費ばかりが重なっていた。
「大丈夫、好きなもの買っていいよ」
「ディズニー行こう」
「このソファがいいの? いいよ、値段なんて。俺がどうにかするよ」
とみずきには言いつつ、実際は「動画がうまくいかなかったらどうしよう」と、お金を稼ぐ方法ばかりを考えていた。
金銭的な不安が和らぎ、夢の国の夜はものすごくよく眠れた。11月8日、先日行ったPET検査の結果を聞きに行く。
絶望の底だと思っていた場所はまだ途中
ゆっくり話ができるようにと一般診療がない午後の時間の予約だった。みずきの母と病院で合流し、3人で待つ。
検査が立て込んでおり、担当の先生の手がなかなか空かないらしい。
PET検査の結果が良ければまだ手術の可能性がある。手術できればまだ治る可能性もなくはないと前回聞いていたので、意識しないようにと考えるが鼓動が速くなる。心臓が持たないので早く呼んでほしいが、結果を聞くのが怖い気もする。
結局、呼ばれたのは、約束の時間から1時間以上経ってからだった。
みずきが診察室の扉をノックすると、「どうぞ」と先生が答える。
「お待たせしてすみません。早速ですがこちらがPET検査の画像です」
と、挨拶もそこそこに結果を見せられる。
PCの画面には黒い背景に青色のみずきのシルエットが映っていて、脳みそが赤く光っている。他に目立つところとしてはお腹の辺りも光っている。
「PET検査ではブドウ糖が集まっているところが赤く光るようになっています。脳や腎臓は赤く光っていますが、もともと糖が集積する場所なのでこれは普通です。そしてこちらのすい臓の部分も赤く光っているのがわかると思います。がん細胞が集まっているところもこんな風に赤く光ります」
確かに、先生が指差したところが素人目にもはっきりわかるほど赤く光って見える。
「ただ、問題なのはこの部分」
先生が青いみずきの左鎖骨部分を指す。
「鎖骨のリンパに転移が見られます。転移があるので手術はできません」
音が遠ざかっていった。
再び涙が流れ、意識をシャットアウトしようとするが、歯を食いしばって前のめりに説明を聞く。
みずきは泣いていない。ただ黙って話を聞いている。
「がんが発生した場所を原発巣と言い、原発巣から遠く離れたところ、今回の鎖骨のような場所に転移していることを遠隔転移と言います。みずきさんは遠隔転移しているため、すい臓がんのステージ4となります」
絶望の底だと思っていた場所はまだ途中で、もっともっと暗い絶望が意識を飲み込もうとしていた。
治療しなければ4カ月。延命治療したとして6カ月から2年
「素人考えですが、この転移しているところも手術で取ってしまえばいいというわけではないのですか?」
みずきの母が聞く。そうだ、がんの場所がわかるなら全部取ればいい。
「PET-CTに映るのはある程度大きくなってしまった腫瘍だけです。これだけ離れたところに大きながんがあるということは、全身にがん細胞が散っていると考えていいと思います。すなわち、目に見えるがんを切ってもまた再発してしまうので、意味がないのです。この状態では手術は適用外です」
「治すことはできるんですか?」
みずきが聞く。
「残念ながら抗がん剤による延命治療しかできません」
頭が割れるように痛み、涙腺はまたも決壊している。現実を遮断しようとする体に抵抗し、なんとか質問する。
「延命、というのはどれくらいできるのですか?」
「みずきさんのすい腺房細胞がんは症例が少なすぎてはっきり言えませんが、あくまで一般的なすいがんとして考えた場合、治療しなければ4カ月。抗がん剤で延命治療したとして6カ月から2年でしょう」
4カ月? 次の春を迎えずに、みずきはいなくなるかもしれないということ?
耳鳴りがし、現実の音が遠のく。
猛然と病院の情報をリストアップ
「状態からすればすぐにでも治療を開始すべきですが、いかがでしょうか?」
治療? 治せないと言ったばかりなのに?
抗がん剤は体を滅ぼすという話もたくさん聞いている。
過去に見た映画の映像などがフラッシュバックし、みずきの辛そうな様子が目に浮かぶ。
「治療はどんなものになるのでしょうか?」
再びみずきの母が聞く。
「みずきさんの場合若くて体力があるので、最初に強い抗がん剤を使ってできる限りがんを叩くということをしたいと考えています。ただ……」
少し言い淀んでから言葉を続ける。
「すい腺房細胞がんの場合症例が少なすぎて、治療法が確立されていません。一般的なすいがんと同じ抗がん剤を順番に試していくという方法を取るほかありませんが、効くかどうかやってみないとわかりません」
この人は一体何を言っているんだろう。
目の前の白衣の人への信頼を一切なくし、震える声で僕は言った。
「セカンドオピニオンを受けたいと思っていますので、いったん治療については待ってください」
診療を終え、ぐったりと座り込み会計を待つ。
みずきと母が何やら話している。
僕はスマホを開いて、猛然と病院の情報をリストアップし始める。
動画のコメントですいがんの有名な病院はいくつか情報が入っていた。
こんな日本の端っこの病院ではなく、東京など大都市の有名病院なら結果は違うはずだ。
医療はどんどん進歩している。次々新しい治験なども行われている。
まずセカンドオピニオンの予約を取らねば。
会計が終わり、薬を処方してもらいに行く。その間に予約の電話を次々とかける。
人気の病院は電話すら繋がらない。
気持ちが焦る。
あと4カ月しかないのだ。早く、早く。
病院を出て今日泊まるホテルへ向かった。
日本一周中に彼女が余命宣告されました。〜すい臓がんステージ4 カップルYouTuber 愛の闘病記〜
定価 1,650円(税込)
双葉社
文=サニージャーニーこうへい、みずき