チーズケーキをはじめ、日本にヨーロッパの伝統菓子を伝え広めた、洋菓子研究家・食卓芸術家の今田美奈子さん。

 ヨーロッパの伝統菓子を紹介した著書の出版をきっかけに、芸術様式に沿ったテーブルセッティングやプロトコール(国際儀礼)、マナーを学ぶ教室を開設。ヨーロッパ伝統食卓文化サロンとして、これまでに日本のみならず、アジア各国からも含め2万人以上の生徒が学びに訪れました。

 フランス政府が叙勲する芸術文化勲章も受章されている、日本洋菓子界のレジェンドでもある今田さんの、人生哲学について聞きました。


今田美奈子とアフタヌーンティーブーム


今田美奈子さん。

――いま、ホテルのラウンジやカフェなどでアフタヌーンティーを楽しむ活動が大人気です。「お姫様のスイーツ」「ヨーロッパの伝統菓子」を伝えてきた今田さんは、この「ヌン活」ブームをどう見ていらっしゃいますか?

 誰にでも大変なことや困ったこと、不安なことは起こるものですが、アフタヌーンティーは見ているだけで気持ちが華やいで、元気になりますよね。アフタヌーンティーには気持ちを整理し、いい気分で1日を終えられるようになる効果があると思います。

 私のサロンでも、若い方をはじめ幅広い年齢の方がアフタヌーンティーを楽しんでいただいています。オリジナルメニューの「マリー・アントワネット妃のお菓子たち」はとくに、「映(ば)える」という理由で、若いお嬢様方に人気です。

 たまたま私がサロンに行った時、居合わせた若い方が、「あら、生(なま)(の今田美奈子さん)が来たわ」と、その表現がおかしくて(笑)。


フランスのルイ16世妃マリー・アントワネットが愛したお菓子を、資料に基づいて再現した「マリー・アントワネット妃のお菓子たち」。

――そんなエピソードを笑い話にされてしまう今田さんが素敵です。

 私も今年で89歳です。年齢を重ねて見た目が変化していくのはあたりまえですから、そんなことはいちいち気にしません(笑)。

 そもそも伝統のアフタヌーンティーは、貴婦人たちがおしゃべりをして気分転換をするためのものだったんですよ。

――えっ。ゴージャスで優雅なアフタヌーンティーのイメージと結びつきません。

専業主婦だった36歳、スイスの州立製菓学校に

 アフタヌーンティーの習慣が広がったのは、19世紀。イギリスの7代目ベッドフォード公爵夫人、アンナ・マリア・ラッセルが始めたとされています。

 当時の貴族は政略結婚が多く、顔も知らない人と結婚させられることもありました。堅苦しい晩餐会や行事の合間に、婦人たちがサロンで紅茶を飲みながら、夫の愚痴をこぼしたりしたのが、アフタヌーンティーの始まりです。あの3段のケーキスタンドは、狭いサロンのテーブルでもスコーンやサンドイッチ、甘いお菓子や紅茶がいただけるように、という発想から生まれたんですよ。

 窮屈な思いで生きていた女性たちにとって、アフタヌーンティーのひとときは、リラックスでき、くつろげる時間だったのでしょうね。けれど、このサロンでの話は決してサロンの外に漏らしてはいけない。こうしたことから、相手を信じる力や聞く力も「アフタヌーンティーのマナー」として育ってきたのです。

 私はベッドフォード公爵家にお招きいただいたこともあり、生徒さんとアフタヌーンティーをご一緒したこともありますが、お茶を飲みながら優雅な気分で心が癒やされる時間と場所は、現代でも必要だと感じています。

――「ベッドフォード公爵家に招待される」とはすごいですね……。なぜそんなご縁が?

 それは私が人との繋がりを大切にしてきたからだと思います。

 私は専業主婦だった36歳のときに、スイスの州立製菓学校に研修に行きました。大変格式のある学校で、外国人、しかも日本人を受け入れるというのは初めてのことだったそうです。当時私は2人の子育て中でしたが、ママ友からこの情報を聞き、なんとか伝手をたどって、ホテルのパティシエや菓子メーカーの社長さんに交じって参加させてもらいました。

 この話を聞いたとき、どうしても夢を叶えたくて母に相談したんです。すると母は、「自分の時代には結婚して子どももいる女性が自分の夢を叶えるなんて許されなかった。これからは女性も自分の夢や希望を叶える時代が来る。私が子どもたちの面倒は見るから、行っていらっしゃい」と背中を押してくれました。

 夫も説得し、1カ月研修に行かせてもらったことをきっかけに、「伝統」のよさを知った私は、その後も何回も渡欧。徹底的に「本物」に触れ続けたことで、いろいろなご縁をいただき、貴族の方や政財界のトップの方々とも交流させていただくようになりました。


「ヨーロッパの邸宅には、クグロフの型が壁に飾られていることが」と話す今田さん。クグロフ型を持っていることは文化の豊かさを示していたという。

――ヨーロッパでは、伝統菓子が何世紀も同じ名前と形で受け継がれ、文化として定着していることにも感動したそうですね。

 はい。そして、実際を知らなければ、伝統を正しく伝えていくことはできない、と強く思いました。ですから私は、見聞きしてきたお菓子の製法や名前はできる限り現地の言葉で伝えてきました。

――サロンで大人気の「マリー・アントワネット妃のお菓子たち」も、本物へのこだわりがたくさん入っているとお聞きしました。

 マリー・アントワネットの名前で召し上がっていただくのに、何となくそれらしい、ではいけませんよね。「Larousse Gastronomique(ラルース・フランス美食辞典)」で調べたり、アントワネットの故郷を訪ねたりして、可能な限り「本物」を入れるようにいたしました。

 アントワネットが愛したクグロフや、プチ・トリアノンでアントワネットがよく手作りしていたというメレンゲが入っているのは、そうした理由からです。

「いい年をしてお姫様なんて」と(笑)

――「本物を知る」ことがなぜ大切なのだとお考えですか?

 18世紀のフランスの言葉に、「優雅は美しさより上である」という言い回しがあります。私はこれこそ、本物であることの大事さを伝える名言だと思っています。

 若さや見た目の美しさも素敵ですが、それだけでは人生は膨らみも魅力もありません。一方、エレガンスは年齢や経験を重ねれば重ねるほど魅力が増します。


今田美奈子さん。

 ただ、エレガントでいるためには、心が強くなければいけません。

「私はできます」と力強く拳を振り上げるだけではなく、いかなるときも世のこと人のことを考え、さりげなくにこやかに、そよ風のような雰囲気を醸し出しながら希望を実現する。これが、本物のエレガンスだと私は思っています。

 でも現実はなかなか理想通りにはいかないんですよね。私もブーブー文句を言ったり怒ったりしますし、家族からは「いい年をしてお姫様なんて」ともよく言われたものです。

 そんな家族が、最近は私が何をしてもニコニコ見守ってくれるようになりました。「好きなことをしていたら元気でいてくれるから」と思われているのかもしれませんが(笑)、年とともに経験が増えるのは、ある意味“財産”でもあると思って、これからも楽しく自分の信じる道を突き進んでいきたいと思います。


『今田美奈子の優雅で幸せなひととき 〜Un moment élégant et joyeux〜』

 まもなく、洋菓子研究家・食卓芸術家として50周年を迎えるのを記念して、新宿高島屋4階サロン・ド・テ・ミュゼ イマダミナコでは現代にマリー・アントワネットがいたら…と想いを馳せながら今田先生が考案した期間限定のスペシャルメニューのアフタヌーンティーをご提供するほか、フランスの古城の舞踏の間に見られる市松模様をモチーフにしたケーキをご用意いたします。

 また、4階特設会場には現代にマリー・アントワネットがいたら…と想いを馳せながらアレンジしたテーブル装飾を展示いたします。ぜひおでかけください。

 期間:6月19日(水)→25日(火)
 場所:新宿高島屋 4階 サロン・ド・テ・ミュゼ イマダミナコ、4階特設会場

文=相澤洋美
写真=榎本麻美