古代ローマから伝わる柑橘使いの知恵を活かして

愛媛県産 レモン
おもに広島県、愛媛県、和歌山など栽培されているレモンの収穫期は10〜3月。リオネルさんは国産レモンの中でも、無農薬で栽培しているものを選んでいる。デコボコした形だったり、表面が傷んだりしているものも少なくないが、果皮まで安心して使える。

日向夏が優雅な女王なら、酸味の強いレモンはじゃじゃ馬タイプ。フレッシュなさわやかさはそのままに、酸味や苦味を抑え、雑味などを取り除くために手間をかける。「レモンペーストやパウダー、ジャムなどに加工するのもひとつの方法ですし、ガルムにして活用すると料理の幅が広がります」

ガルムとは、古代ローマ時代から伝わる魚醤で、当時のローマでは主たる調味料として使われていたと言われる。サバ、アンチョビ、マグロやカツオ、イワシなど、さまざまな魚の内臓を原料とするが、リオネルさんはホタテの肝やヒモなどを使用。通常は大量に仕込むが、今回は少量の材料で作り方を伝授してくれた。
「大量に仕込んだ場合は、1年ほど経ってから使います。少量を保存瓶などに仕込んだ場合は、1週間後ぐらいから使えます」

1週間ほどの漬け込んだガルムは塩辛のような味わいで、塩味が少しとがって感じられるが、それでも十分においしい。塩味や酸味は時間を経ることでまろやかになり、旨味の強いガルムへと変わっていくのだ。

これをソースのベースとして使うと、コクのあるソースが、主食材の味わいを引き立てる料理になる。
「サワラを46度でゆっくりと火を入れると、中はジューシーに。表面はさっと焼いて香ばしく仕上げ、今回は、これに添える2種のソースにガルムを忍ばせました」

そこに季節の花やウルイ、ソラマメなど、旬の食材を盛り付けて皿一面に初夏を表現。さらにレモンペーストやパウダーも添えた。
「ペーストやパウダーは、口に含んだ時に舌で酸味を感じ、その香りが息を吐いた瞬間に鼻から上がってくるように調整してあります」

レモンの力強い酸味をここまで計算して使い切る││柑橘使いに定評のあるリオネルさんならではと言えるだろう。

柑橘の酸味や甘味をそのまま使うのではなく、料理のイメージに合わせて酸味を抑えたり、雑味をとったりアレンジを工夫するのが柑橘使いの醍醐味です。
サワラ、レモンの魅力を存分に
麦味噌やレモンペースト、ヨーグルトなどで軽く下味を付けたサワラは、レモンのガルムを忍ばせた2種のソースとよく合う。ビスタチオオイルを塗ったウルイ、昆布締めにした菜の花、ホウレンソウのポワレなどを添えて。

料理人の要望に応えて甘味重視から酸味重視へ

来年用に大量に仕込んだガルム。蓋をして1年間常温で発酵させる。ホタテの肝やヒモは常につけ汁に浸っている状態にしておかないと腐ってしまうの
で、時々塩を足しなが
ら状態を見る。
材料には、ホタテの肝とヒモ(100個分)、スライスしたレモン(8個)のほか、岩塩、砂糖、コショウ、スターアニス、ハーブ(ジル、イタリアンパセリ、エストラゴンなど数種)を用意。
保存容器にまず岩塩を入れ、ホタテの肝とヒモを入れる。その上に砂糖、コショウ、スターアニス、レモンスライス、ハーブと入れたら、さらにまた岩塩、ホタテの肝やヒモ、砂糖、ハーブという具合に重ねていく。最後に岩塩でカバーするようにする。発酵が進むと全体的に茶色になる。左の保存瓶に入っているのは漬けて2週間たったガルム。

見事な柑橘使いを見せてくれたリオネルさんは、日本の柑橘をどのように理解し、どんなルールに則って活用しているのだろうか。
「柑橘についてはおおよそ3種類に分けて考えています」

まずひとつは原種に近い酸味の強いもの。ふたつ目はすでに定着している品種で安定した味わいのもの。もうひとつは品種改良が進行中の新品種。

原種に近いものの代表として、リオネルさんは、大分産のシャンスを挙げた。「そのまま食べると、ものすごくすっぱくて苦いけれど、そこに人の手を介していない野性味を感じます。音楽で表現すると、高音中の高音。ピアノの一番の右の鍵盤をたたいたような音」と笑う。

レモンのペーストとパウダー
サワラの下味に使ったレモンペーストは、薄切りにしたレモンの皮をレモンの汁で煮詰めて、ベルガモットとともにミキサーにかけたもの。料理の仕上げにかけたレモンパウダーも自家製で、レモンの皮がメイラード反応によって茶色に変色するまで天日干しにし、それをパウダー状にしたもの。

ヨーロッパ産の柑橘の中には、このシャンスのように酸味が強すぎて、調理しないでは食べられないものも多い。そういう環境で育ったリオネルさんにとって、日本の柑橘は「味が弱い」と感じることも少なくなかったという。それを打ち破るシャンスの味わいは心地よかった。「私は柑橘に甘味は求めないので、この出
会いは衝撃的でした。シャンスはコンフィチュールなどに最適ですね」。

ふたつ目のグループに入るのは、今回使った日向夏やレモンのほか、オレンジ、ユズ、カボス、スダチ、シークヮーサーなど数多く、これらは比較的安定した味わいで、あらゆる料理に活用できる。「扱いに慎重になるのは、3番目のグループの柑橘です。柑橘は自然の産物ですから、どの柑橘にも年によって味の変動はあります。しかし、3番目のグループは特にそれが大きいんです」。そのため、毎年入念に味を確かめる必要がある。ところが、それが新しいイマジネーションのきっかけにもなる。「試行錯誤もまた楽しい」と言う。
「最近では、シェフたちのリクエストに応えて、原種の個性や野性味を残した柑橘を栽培する農家も増えつつあります。日本の柑橘は甘さを追求しすぎるイメージがありますが、それを覆すような品種の栽培に挑戦してくださる生産者の努力には、感謝しています」

現在、シトロンキャビアだけは輸入物を使っている。しかし、すべて日本の柑橘だけで自分の世界を表現できる日も遠くない、とリオネルさんは感じている。

Lionel Beccat

フランスの星付きレストランで研鑽を積み、2002年、26歳で「メゾン・トロワグロ」のセカンドシェフに。06年、「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」オープンの際に、エグゼクティブシェフに任命され来日。12年、「ESqUISSE」をオープンし、すぐにミシュラン二ツ星を獲得。

エスキス
ESqUISSE
東京都中央区銀座5-4-6
ロイヤルクリスタル銀座9F
☎03-5537-5580
●12:00〜13:00LO、18:00〜20:30LO
●ディナーのみ日休
●コース 昼11000円〜、夜19000円〜
●46席
http://www.esquissetokyo.com/

本記事は雑誌料理王国275号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は275号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。