白湯と塩が、私の究極の料理

日本と同じから料理人の個性へ

料理人の個性が光る、フランスでしか食べられない日本料理を表現する

2005年、パリ7区の閑静な住宅街に誕生した、カウンター割烹「あい田」。今でこそ、パリでは日本料理が大ブームで、良質な店が増え、日本酒人気も高いが、開店当時は、日本を知るフランス人も少なく、「日本料理=ファーストフード感覚」、スシ、ヤキトリというイメージが強かった。「スシのテイクアウトはやってないの?」と言われたり、カウンターで食事を楽しむ習慣もないため、「カウンター席は嫌い」ときびすを返されたこともあったと、店主の相田康次さんは言う。

オープン当初のゲストは、ほぼ100%が日本人だったが、いまでは7割強がフランス人を中心にした非日本人。ヨーロッパ各国や中近東、アフリカ、アメリカからのゲストも多い。
「和食を食べるならパリでいいじゃないか、とおっしゃる方が、ここ数年で増えました。日本は遠いし言葉も通じない。パリにも志が高い和食料理人が増えているし、わざわざ日本に行かなくても和食を堪能できる、と捉える人が増えているようです」

相田さんは当初、日本料理をやるからには日本と同じものを表現しなくてはいけない、と思っていた。同じ食材で同じ味を、と。昆布やカツオ、ワサビなどはもちろん、和牛やフグ、すっぽんまで、こっそりパリに持ち込んだことも。だが、日本に忠実な料理を作るうちに、オリジナリティへの追求心が芽生えてきたという。
「フランス人はオリジナリティ、すなわち個性を求めます。日本ではできないフランスならではのスタイルに、自分自身の創意工夫を加えた和食を生み出さないといけないと、思うようになりました」

理想のイメージは「白湯に塩」

マイナスの美学への追求食材自体のおいしさを限りなく追求する

ジロール茸の寿司
手で裂いて鉄板でじっくり焼いたジロール茸を、黒糖とバルサミコ酢で味付けした酢飯と握り、上にあさりの酒蒸しを乗せる。酒蒸しの出汁に山椒を加えてスープにし、横に添える。

相田さんはこうして、創意工夫によるオリジナリティを追求し始める。牛肉にフランス産黒糖で味をつけたり、仔牛と牡蠣を組み合わせるなど、日本ではお目にかかれないユニークな料理を次々と創作。
あれ、これなんの味? というゲストの反応が見たくて、あれこれと楽しく個性的な料理を生み出した。

しかしやがて、相田さんは思考のベクトルを変える。今、彼が探求しているのは、〝究極のシンプル〞だ。
良質な食材を、いかに手を加えず料理として成立させるか、を考えなが
ら、日々カウンターに立っている。

魚は、塩をぱらりとふった鉄板でさっと焼くだけ。他の味付けは一切なし。風味が濃くなってしまうので、魚の熟成も行わない。出汁は真昆布のみを利用。前日から水につけておき、限りなくナチュラルな風味をそのまま料理に使う。
「食べ手が、意識して味を探さないとわからないくらいの風味が、体が疲れず、今の自分の感覚にあっている気がします。私の究極の概念は、白湯に塩。これをいかにおいしくできるか、をやっていきたいのです。それは、面白い料理ではないかもしれません。でも逆に、こんなにシンプルなのにこんなにおいしい、とい
う発見をしほしいのです」

このスタイルの料理に好き嫌いはあるだろう。「これだけなの?」と感じるゲストは離れていく。しかし逆に、相田さんのマイナスの美学が宿ったこの味が「たまらない」と、より頻繁に店を訪ねるゲストも増えた。ここでしか感じられないおいしさ。相田さんの個性に惹かれる人が、パリには多くいるのも事実だ。

スーパーではなく、商店街に

海外で、一人カウンター料理の小さな店でも日本料理は表現できる

セップ茸と仔牛のお造り
セップ茸(ポルチーニ茸)と仔牛肉の薄切りを、オリーブオイルを敷いたバッドに重ねて2時間ほどマリネ。互いの食材の風味が、はんなりと溶け合う。塩とスダチやカボスなどの柑橘を少量振って味を整える。

あい田」は、当初はカウンターとテーブル、個室があったが、現在はカウンター8席が基本。料理同様、店の作りも削ぎ落としている。そこには、海外で日本料理をやりたいと願う料理人たちへの相田さんの思いが見える。
「これだけ削ぎ落とした料理や店でも、ヨーロッパで顧客がついて経営していける。無理せず一人カウンター料理でも、和食の魅力をきちんと表現できるよ、と伝えたいのです」

食器は、佐賀県・唐津で特別オーダーしたものがほとんど。和食器の美しさは、フランス人の琴線を強く揺らす。

そして、料理人が腰を据えて、「後世の日本のための文化継承である」という意識も必要だ。そうすれば、和食材の生産者や和食器メーカーども喚起され、日本料理界全体が世界中で活気を帯びるはずだ。
料理のボーダーレス化が進む中、 〝日本料理の魂〞とは何か?
「仕込みの時間の過ごし方です。キノコを一つひとつ磨く、ゴマをする、大根のかつらむきをする……。その時間を集中していると、あ、今日の包丁は昨日よりキレがいいなと感じたり、いらっしゃるお客様のことを思ったりするんです」

その意識が、ゲストの前に置かれる料理にも反映され、「おもてなし」の心が伝わる。そして、その心こそが、日本料理の魂ではないか。
「ここでしか出会えない店であるために、フランス料理人と同じステージで闘っていきます」

Koji Aida

1968年、新潟県生まれ。芸能界で活動した後、割烹料理店で修業し、 97年に渡仏。ワイン関係の仕事をした後、2005年「あい田」を開店。 08年、「ミシュランガイド」で日本料理店として初めて一ツ星を獲得する。12年末に店舗を改装し、現在のカウンター8席のみのスタイルになった。

Restaurant Japonais AIDA
あい田
1 rue Pierre Leroux 75007 Paris
☎+33 (0)1 43 06 14 18
● 19:30〜21:00
● 月休
●コ ース €160、€280
●8 席 http://aida-paris.net/

加納雪乃=取材、文 村松史郎=撮影

加納雪乃
会社の駐在で過ごしたパリでレストラン文化の魅力に触れ、ライターに転身。2000年から、パリはもとよりフランス全国を旅し、フランス美食文化の担い手たちを日本の雑誌に紹介している。

本記事は雑誌料理王国279号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は279号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。