「知将・上田利治19」74年、阪急監督に就任(後編)

 【気骨で生きる〜知将・上田利治19】(後編)

 「西本は任期11年。長い。どこの企業でもあることだよ。もちろん、西本と上田の関係は良好だったから、西本も暴れなかったんじゃあないか(笑い)」

 古い記者の述懐も聞いてみるものである。

 そうか、だから阪急に背を向けて近鉄へ?

 「俺は諦めの悪い男なんだよ」。西本語録はなるほどである。昔を知る者に聞くと、ことの筋はよくわかる。

 1974(昭和49)年4月。上田新監督率いる阪急の戦いが始まる。

 前期優勝。上田の喜ぶ記事がある。

 「コーチの時も勝った喜びは大きかったが、監督になっての感激とは比較にならない。選手を身近に感じるし、自分の采配がうまくいった時や、ヒーローの姿を見る時のうれしさは、監督でないとわからないと思いますよ」

 36歳。初々しい。

 だが、喜びも束の間だった。

 後期3位。仙台でのプレーオフ(5回戦制)でロッテにストレートの3連敗。完敗。マネジャーが泣いて上田の部屋に来た。

 「(帰りの特急の)指定券、1枚も取ってないんです…」=敬称略=

※2016年5月〜同8月にデイリースポーツ紙面にて連載されたものです


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