「岡田か、ヒルトンか」阪神ブレイザー監督の誤算(中編)

「岡田か、ヒルトンか」阪神ブレイザー監督の誤算(中編)

 シーズンに入ってもブレイザーの姿勢は変わらなかった。そして打てないヒルトンが打席に立つたびにオカダ・コールが湧き起こった。

 両者、どちらを使うか。この6年前、阪神にはいい例がある。74年の高知・安芸キャンプ。三塁のポジションを掛布雅之、佐野仙好の2人の新人が争うことになった。千葉・習志野高出身の掛布は前年の秋季練習に参加し、テスト生に近いドラフト6位。佐野は中大主将のドラフト1位。この2人は連日の猛特訓に耐え、山登りのマラソンでは必ず1、2位を争って戻ってきた。

 この激しい争いの末、オープン戦で結果を出した掛布がポジションを獲得し、佐野は外野転向となった。佐野も納得したからこそ、レギュラーの外野手で立派に花を咲かせた。

 結局、ヒルトンは18試合、2割足らずの成績で早々に解雇され、神戸の住居にカミソリの刃まで送られてきたブレイザーもたまらず5月半ば、辞表を出して帰国した。この時点で26試合を終えて13勝12敗1分け。ちなみに岡田はこの年、本塁打18本、打率・290、打点54で新人王を獲得している。ブレイザーの誤算は頼りない“助っ人”だけでなく、“競争”する2人の姿を見せなかったことにあるように思えた。

 ブレイザー監督の後任には打撃コーチの中西太が就いた。この中西もまたシーズン終盤になって辞任を申し入れた。

 遠征先の名古屋で岡崎義人代表に伝えた辞任理由は「成績不振の責任と東京との二重生活に疲れた」というものだった。しかし、これが本心でないのは明らかだった。すでに8月半ば、私は社長の小津から「東京で“阪神フロントが中西の後任を探している”というデマが流れている」という話を聞いていた。※(後編)に続く



【1980年代】ブレイザー


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