昨年11月9日、北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は貨物船、長津江(チャンジンガン)号の機関長、キム・ミョンホさんを絶賛する記事を掲載した。

彼が乗り組んでいた船は同年10月15日の明け方、暴風の中を航海中に岩礁に衝突。船員全員が救命胴衣を着用し海に飛び込んだが、キム機関長は重要な任務を担うことになった。船内に掲げられていた金日成主席、金正日総書記の肖像画を守るというものだ。

箱に入れた肖像画を持って海に飛び込んだ彼は、38時間もの漂流の末に、漁船に救助された。肖像画には汚れ一つなかった。

彼は後にこう語っている。

「生きて帰れなければ死んででも喜んで祖国の懐に抱かれなければならないと考えました。懐に、首領様方の肖像画を抱いていたからです」

労働新聞は、キム機関長の話を美談として、歯の浮くような美辞麗句を散りばめた記事で何度も取り上げ、同月11日の社説「首領に対する忠誠心を信念化、良心化、道徳化、生活化しよう」では1面トップで紹介した。

肖像画という単なる紙切れを重要視するのは、御真影(天皇、皇后の写真)を命より大切なものとしていた戦前の日本と通じる。例えば1922年の関東大震災では、御真影を守ろうとした9人の教師が命を落とし、殉職扱いとなっている。

労働新聞がここまで肖像画を重要視してキャンペーンを張るのは、その権威が以前と比べ著しく低下していることが背景にあると言えよう。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の幹部の話として、中央党(朝鮮労働党中央委員会)の宣伝扇動部の主管で各道、市、郡の党委員会に対する思想指導検閲(監査)が行われ、その過程で1号写真(金氏一家)の入った印刷物や映像が粗末に扱われている事例が問題として取り上げられたと伝えた。

労働新聞や様々な書籍の中には、1号写真が掲載されているものがあるが、これらの扱いを一つ間違えると政治犯扱いされかねない。ところが、そんな写真の入った本や新聞を汚損させたり、古紙として売り払ったのだという。

当局は「白頭山の絶世偉人たちの権威を汚す非党的行為」として、厳罰を下すことを指示した。また、同様の現象の再発を防ぐために、教養と統制を徹底的に行なえとの指示も下した。

さらに、各道の党委員会に対しては、下部組織に配布した1号図書の管理状態を把握し、問題があれば責任幹部に党的処罰を下すと警告し、幹部らをピリピリさせている。

地方の党委員会では、このような中央の検閲に備えて、1号図書の管理状態を把握する事業を進めてきたが、今までほとんど検閲の対象となったことのない1号図書の実態についての検閲とあって、幹部らは慌てて、処罰を逃れようと大慌てで問題の収拾に乗り出している。

しかし、このような現象は今に始まったことでない。

1994年に金日成氏が死去して以降、北朝鮮においても最高指導者の権威は以前ほどのものでなくなった。また、経済状況が悪化する中で、質を保っている労働新聞がタバコの巻紙として使われるようになったのだ。

両江道の情報筋は、1号作品の管理実態に関する検閲と同時に、不良映像録画物(韓流ドラマなど)の取り締まりも行われていると伝えた。今まで何度も取り締まりを行ってきたが、全く改善されていないとして、その問題点を探り、より厳しい対策を取るというのが中央の方針だが、情報筋は懐疑的だ。

1号作品の管理に関する検閲は両江道でも初めてで、幹部、一般住民問わず緊張しているが、韓流ドラマの取り締まり同様に、担当者にワイロを掴ませれば解決する問題との認識で、結局検閲担当の幹部の私服を肥やすだけに終わるだろうと見ている。