韓国の首都ソウルから直線距離でわずか58キロ、鉄道でも73キロしか離れていない、北朝鮮の開城(ケソン)。20キロ手前の臨津江(イムジンガン)駅までソウルから通勤電車が運行されているが、そこから先は軍事境界線に阻まれ、行き来はできない。

2004年に南北経済協力事業として開城工業団地が開設され、多くの韓国企業が進出、行き来が可能になった。また、2007年12月から1年間、ソウル発の開城観光ツアーも行われた。しかし、韓国の朴槿恵前政権は2016年2月、北朝鮮の核実験などに対する制裁として操業停止を決定。再び、行き来は途絶えた。

他の地方と比べて豊かな暮らしをしていた開城の人々は職を失い、その後は「8.3ジル」で生計を立ててきた。これは、工業団地閉鎖後に新たに配属された国営企業や機関に一定額のワイロを払って出勤を免除してもらい、その時間に商売を行うというものだ。そんな現状に対して、当局が対策に乗り出したが、市民からは非難轟々だ。

現地のデイリーNK内部情報筋によると、朝鮮労働党開城市委員会は「市内の稼働していない工場や企業所に労働者が溢れかえっている」として、彼らに対して別の職場に配置換えを「嘆願」するように訴えた。

その行き先とは、炭鉱と鉱山、農村だ。

北朝鮮的では国が割り当てた職場以外でいくら働いても、無職の扱いになる。商売も立派な仕事だが、職業とは認めてもらえず、「有休労働力」と見なされる。そんな人を減らすため、党組織や青年同盟(社会主義愛国青年同盟)、職盟(朝鮮職業総同盟)、女盟(朝鮮社会主義女性同盟)などを通じ、「無職者は労働力の不足が著しい炭鉱、鉱山、農村行きを志願せよ」との指示が下されたのだ。

それも、職場ごとに志願者数を割り当て、達成できない場合には、その職場の党委員長や細胞書記が代わりに志願せよと警告するという、「志願」とはほど遠い強制だ。実際は強制的なものでも、「志願」という形を取ることで美談として持ち上げ、プロパガンダに利用するのが北朝鮮の常套手段である。

市内の有休労働力、つまり人口を減らそうとしているのは、逼迫する食糧事情も関係していると思われる。

しかし、いくら呼びかけても「志願」しようとする人は極めて少なく、各組織の幹部は頭を抱えているという。

「無条件で執行すべき事業で、各組織は、問題を抱えている市民に圧力をかけて志願させたり、経済的に苦しい市民を訪ねて、少しでも助けになるなどと言って、志願するように説得して回っている」(情報筋)

甘いとは言えないアメと、痛いだけのムチを使った当局のやり方に、開城市民の間からは「政府はなにかにつけて、鉱山やら農村やらと言って、市民を勝手に移動させようとしている、不安で混乱している」などと強い非難の声が上がっている。

そもそも炭鉱や農村で労働力が不足しているのは、商売をする条件が整っておらず、貧しい生活を強いられるのを嫌い、人が都会に逃げ出しているからだ。当局はそれを解消するために、兵士の兵役を短縮する代わりに、それら地域に労働力として送り込む「集団配置」を進めているが、様々なトラブルが噴出している。

韓国企業の労働環境、豊かなライフスタイルに触れた経験を持つ開城市民に、「未開の地」も同然の炭鉱や農村行きを強いるのはあまりに無茶な施策だ。ましてや、一度都会を離れれば、戸籍が農村戸籍に切り替えられ、都会に戻るチャンスを失う重大なリスクがある。本当の意味で志願するのは、よほど食い詰めた人か、社会主義の理想とやらに目がくらみ、現実が見えなくなっているくらい人だろう。