北朝鮮には事実上、国民の意思を政治に反映させる仕組みが存在しない。最高人民会議(国会)や地方人民会議(道、市、郡議会)の選挙はあるものの、名前すら知らない候補者に賛成投票するだけの儀式に過ぎない。

だからといって、北朝鮮に世論が存在しないわけでもなければ、世論が政治に全く反映されないわけでもない。人々が何を考え、何を語っているかは、国家保衛省(秘密警察)が各地に送り込んだ情報員(スパイ)を通じて集約されるようになっている。それが時には金正恩総書記を動かすこともある。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、咸鏡北道保衛局(秘密警察)は今月初め、課長級以上の幹部が参加する緊急会議を開き、その場で金正恩氏が9月29日に下した方針が伝えられた。その方針とは、概ね次のようなものだ。

中朝国境地域の保衛部が過度に住民監視を行い、それに伴って朝鮮労働党と人民の一致団結が崩れつつある。また、一部住民が不純分子や異色分子にされ、政治的に埋葬される(社会的生命を奪われる)現象が後を絶たず、これにより住民の反発が拡散している。

国境地域では、平壌から派遣された反社会主義・非社会主義連合指揮部による、チャイナ・テレコムなどの中国キャリアの携帯電話の使用、密輸、韓流ドラマや映画の視聴・流通などの取り締まりが大々的に行われているが、生活の一部に組み込まれたこれら行為に対する厳しい取り締まりが長期化しつつある。

当局は、些細な「マルパンドン」(言葉の反動=反政府的言動)に対しても厳しい取り締まりを行っている。

会寧(フェリョン)市の南門洞(ナムムンドン)に住む30代のチョンさんは、一度脱北した後、2019年に中国から強制送還された前歴があり監視対象者となっていたが、昨今の食糧難を嘆く発言をした容疑で会寧市保衛部に逮捕され、労働鍛錬刑(懲役刑)3カ月の処分を受けた。

そんな状況に、人々は著しいストレスを受け、不満がたまる一方だ。そんな現地の情報が、金正恩氏の耳にも入ったようだ。

方針は次のように結論付けられている。

特別な思想動向が提起されない住民は監視リストに入れず、彼らの生活の面倒をよく見て、一人たりとも離脱者(脱北者)を出さないように徹底した対策を立てよ。

今回の方針と保衛部での会議の内容は、洞事務所(末端の行政機関)と人民班(町内会)を通じて、住民に公式に伝達された。情報筋は「コロナ(鎖国)の長期化で食糧難に苦しめられている住民の不満を少しでも解消しようとする試みのようだ」と解説した。

また、地方の行政力を住民の監視、取り締まりにばかりに割くことはできないと認識した当局が、次のフェーズに移行するための地ならしに入ったのではないかとの見方も示されている。

金正恩氏は先月11日、脱北者家族への監視、締め付けをさらに強化せよとの方針を下しているが、それを早速撤回したのか、両方の方針を併存させるのか、詳細は今のところわかっていない。