「内務署員」「社会安全員」「保安員」「安全員」――警察庁に当たる組織の改称に合わせて北朝鮮の警察官の呼称は変わってきたが、庶民から、常に恨みを買い続けていることには変わりない。

1980年代より前の北朝鮮では、庶民が彼らに楯突くなど考えられなかったが、今では安全員と住民の間のトラブルも絶えない。その結果、安全員本人はもちろん、家族まで報復殺人の犠牲となることが増えている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が、最新情報を報じている。

両江道(リャンガンド)の行政機関の幹部は、昨年7月から12月までの間に、道内で安全員の横暴な振る舞いに庶民が抗議したり、安全員が暴力を振るわれたりして、地域の噂になった事件が数十件に達したとの内容の秘密文書を目にしたと述べた。

そこには具体例が書かれていた。一例を挙げると、白岩(ペガム)郡に住むAさんは、息子と共に、路上で安全員に暴力を振るい、大怪我を負わせたという。妻の務める職場で紛失事故が発生したのだが、この安全員はAさんの妻Bさんを犯人扱いし、自白を強要し、人格を冒涜したとして、報復したのだった。

また、恵山(ヘサン)市に住むドライバーのBさんは、車に常備すべき書類が足りなかったとの理由で、安全員からガソリンや現金などのワイロを要求され、2時間も足止めされたことに恨みを抱き、この安全員の乗っていたバイクにわざと車をぶつけて破壊し、意識を失うまで拳で殴りつけた。

さらに、金正淑(キムジョンスク)郡に住む女性Cさんは、経済的な事情で職場に出勤できなかった夫を無職者扱いし、6カ月の刑務所送りにした地域担当の安全員の自宅に娘といっしょに押しかけ、ドアを蹴破って家の中に侵入。安全員に掴みかかり、制服の袖と階級章を引きちぎり、地面に投げ捨てるなど、激しい抗議を行った。

この秘密文書は、両江道安全部(県警本部)が、安全員に対する報復行為に対して対策が必要だとして、中央に提出するためにまとめたもので、情報筋の知人の安全員も、報復行為に対する厳罰化を行わなければ、今後どんな目に遭うかわからないと当惑していたとのことだ。

文書が作成される前の昨年6月、朝鮮労働党や政府、勤労団体は、国民に向けて、法律を尊重することと同時に、安全員の法執行を妨害したり、暴行を加えたりする行為は、国に対する挑戦とみなし、厳罰に処すという内容の金正恩総書記の方針を伝えた。しかし、あまり効果がなかったようだ。

極端なゼロコロナ政策で貿易が止まり、国境警備の強化で密輸もできなくなった上に、地域間の移動が制限されたことで、深刻な経済難、食糧不足が北朝鮮を襲った。

優先配給の対象となっている安全員や保衛員(秘密警察)だが、配給の量が減らされたり、遅配が起きたりして苦しい生活を強いられている。そこで、あれこれいちゃもんを付けて市民からワイロを巻き上げ、生活を維持しようとするのだが、それがトラブルの原因となっている。

地元の情報筋は、法の執行を口実に、ありとあらゆる横暴な振る舞いをする安全員に対する怒りが募りに募っていると述べた。例えば、安全員が市場を通りかかるだけでも、商人たちから指をさされて暴言を吐かれたり、喧嘩をふっかけられたりする有様だという。

そうなれば、周りの商人の女性はもちろん、買い物客や通行人まで加わって、安全員を取り囲み、野次ったり抗議したりして「吊し上げ」にするようになった。通常なら、安全員に違法行為を告発された人々が、公開批判にさらされるのだが、それと真逆の状況と言える。また体格の小さい女性が、安全員に歯向かったり抗議したりする、以前では考えられなかったようなことも起きている。

情報筋の友人は「もし戦争が起きたら、まずは保衛員と安全員から『消す』」と言って憚らないそうだ。彼らに対する怒りは両江道のみならず、全国どこでも同じで、もはや限界に達したと情報筋は見ている。

ただし、これら一連の現象を、体制にほころびが生じつつある兆候と見るのは早計だろう。そうなる前に、芽が摘み取られるからだ。当初は公開銃殺などの地域住民に恐怖を与える手法を使うだろうが、集団の抗議活動が頻発するようになれば、当局は徹底して抹殺に乗りだるだろう。