北朝鮮は5月31日、満を持して軍事偵察衛星の打ち上げを強行したが、あえなく失敗した。深刻な食糧不足に陥り、餓死者が続出する中での挑戦だっただけに、金正恩総書記の権威にダメージが及ぶとの見方も少なくない。

しかし実のところ、金正恩氏の権威失墜はもっと前から始まっている。彼が直々に下した命令が、ほとんど守られない状況が続いているのだ。

無慈悲な恐怖政治で国を治めてきた金正恩氏であるだけに、国民の面従腹背が今後どのような現象を引き起こすか注目される。

金正恩氏は2021年1月の朝鮮労働党第8回大会の結語で次のように述べている。

全党的、全国家的、全人民的に強力な教育と規律を先行させて、社会生活の各分野で現れているあらゆる反社会主義的・非社会主義的傾向、権力乱用と官僚主義、不正・腐敗、税金外の負担などあらゆる犯罪行為を断固阻止し、統制しなければなりません。

北朝鮮の最高人民会議は、1974年3月に開かれた第5期第3回会議で、「税金制度を完全になくすことについて」という法令を採択。金日成主席は同年4月1日には税金制度の撤廃を宣言した。それ以来「我が国(北朝鮮)に税金なるものはない」というのが北朝鮮の公式見解だ。

ところが、地方政府などがありとあらゆる名目で、市民から金品を供出させているのが現実なのだ。金正恩氏は、国民にウケの悪いこのやり方をやめさせようとしたわけだが、その声は現場にまったく届いていない。

咸鏡南道(ハムギョンナムド)のデイリーNK内部情報筋によると、咸興(ハムン)市の城川洞(ソンチョンドン)に住む40代女性は、健康上の問題で、故金日成主席を称える「忠誠の歌の集い」に参加できなかった。すると女盟(朝鮮社会主義女性同盟)の初級団体(下部組織)の委員長から3万北朝鮮ウォン(約540円)を支払うように強いられたという。

委員長は「忠誠の歌の集いの参加者の中には病気の人も多いが、高い忠誠心で打ち勝っている。太陽節がまもなく訪れるのに集いに出なければその穴埋めを誰がするのか」と言って、現金を要求したとのことだ。

国際社会の制裁、コロナ鎖国で厳しい生活を強いられている中、一日でも多く市場に出て商売をして現金収入を確保したいところなのに、「たった一日の行事のために数日も集まって練習しなければならないなんて、誰が喜ぶのか」(情報筋)との不満が鬱積しているという。

さらに、金正恩氏が諌めた税金外の負担を露骨に強いている。

「政府が税金外の負担をなくせと言ったのに、行事に動員される住民の食事と間食の名目で人民班(町内会)と女盟を通じて、直接、間接的に税金外の負担を強いるとは情けない」(情報筋)

本来なら、国が音頭を取って行う全国的な行事なのだから、当局から様々な支援があって当然だが、そんなものは一切なく、必要な費用は現場レベルで調達しなければならない。

それも金日成主席が1974年に税金制度を廃止したため、政府が充分な税収が得られないことが、そもそもの原因なのだが、税金が存在しないはずの国で「税金外の負担禁止令」が出されるのも非常に不思議なことだ。

いずれにせよ、金正恩氏が直接発した指示がまったく守られない状況が続けば、必然的に、最高指導者の権威は浸食されるしかない。