北朝鮮で毎年3月は、高等中学校(高校)の卒業生が兵役に就く時期だ。多くの若者が家族や友人に見送られて訓練へと向かうが、その人混みをターゲットにしてちゃっかり儲ける人々がいる。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋は、先月20日から招募、つまり新兵の招集が始まったと伝えた。道人民委員会(道庁)の軍事動員部の前は、世界で最も長いと言われる10年以上の兵役に就く若者や、見送りに来た家族、友人でごった返す。道内各地から招募生(新兵)が集まる清津(チョンジン)駅前も同じだ。

その人混みにめがけてやってくるのが女性商人たちだ。

「どこでどうやって知ったのかわからないが、新兵たちが乗った列車が到着する時間に合わせて駅前にやって来て食べ物を売り始める」(情報筋)

また、軍事動員部周辺の裏路地にも商人が殺到し、食べ物や生活必需品を売りつけようと必死になる。先月30日には商人同士で口論が起き、大喧嘩となる直前まで行ったが、軍事動員部の兵士がなだめて大事には至らなかった。

新兵の招集が大騒ぎになるのは、それなりの理由がある。

まず、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)は補給が非常に貧弱で、まともな食事などめったに出ない。輸送過程での横流しが原因と見られているが、栄養失調になって親元に帰される兵士も少なくない。生活必需品の配給など言うまでもない。親たちは、子どもに少しでも楽をさせたいという親心から、様々なものを買い与える。それで食べ物や生活必需品が飛ぶように売れるのだ。

また、通常なら路上での商売は取り締まりの対象となるが、このような「めでたい日」にトラブルが起きるのを嫌うため、当局は穏便に済ませるようだ。金正恩政権の市場抑制策でただでさえ生活が苦しい商人たちは、ここぞとばかり殺到するのだ。

売れるのは食べ物や生活必需品ばかりでない。

別の情報筋によると、この日は家族写真を撮って稼ごうとする写真館の従業員らが大勢やってきて「闘い」を繰り広げる。小さい写真は1枚1500北朝鮮ウォンから2500北朝鮮ウォン、大きいものは3000北朝鮮ウォンから5000北朝鮮ウォンだ。スマートフォンの普及が進む北朝鮮だが、誰もが持っているものではないため、写真館にとっては書き入れ時だ。

清津駅前には、軍入隊を祝う言葉が書かれた大きな背景画が数十枚立ち並び、各写真館が先を争って客引きを行う。軍事動員部も清津駅も市内の青岩(チョンアム)区域にあり、区域内の「映える撮影スポット」は近隣の写真館の「シマ」だ。よその区域の写真館が撮影をしようものなら、トラブルに発展する。

陳情を受けた市当局は、軍事動員部前は青岩区域の写真館、駅前は他の区域の写真館に割り当てる調整を行った。

コロナが明けても暮らし向きが一向に改善せず、写真を撮ろうという人が少ない中で、こんなビッグチャンスを逃す手はない。ただ、情報筋はあまりの騒ぎにいささか心配気味のようだ。

「他人の事情など関係なく、自分が儲かりさえすればいい、カネのためなら手段を問わないという空気が心配になる」(情報筋)

情報筋が、金儲け主義を心配しているのか、あまりの騒ぎに当局が規制に乗り出し、結局は誰も儲からない状況になることを心配しているのかは定かでない。

2010年代は、誰もが比較的自由に商売できて、生活が豊かになったことを実感できる状況だった。そんな自由や豊かさを意図的に奪ったのが、金正恩総書記の政策だ。市場では、一部の商品を除いて売買が禁止されてしまった。

しかし、多くの北朝鮮国民にとって、現金収入を得られるほぼ唯一の手段が商売だ。国民から経済的自由を奪い、貧困、飢餓で苦しめる政策が、果たしていつまで続くのだろうか。