9月14日、今年最大の規模になるであろうIPO(新規上場)が行われた。英半導体設計会社のARMが米ナスダックに上場したのだ。
「もともとARMはソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長がほれ込み、2016年に約3兆3千億円で買収した会社です。途中、資金繰りが苦しくなった孫氏は売却を図りましたが、規制当局の反対で頓挫。そこで、改めて単独で上場することになったのです」(証券会社幹部)
驚くべきは株式市場からの評価だ。同社の直近の売上高は約3900億円で純利益は約765億円。同じぐらいの利益の会社にセイコーエプソンやオムロンがあるが、上場前の評価では約8兆円の時価総額がつけられたのだ。
AIが主流の時代になれば、ますます重要に
何をやっている会社なのか、微細加工研究所の湯之上隆氏に聞いてみた。
「半導体の設計といってもARMが手掛けているのは、最上層の部分です。細胞でいえば遺伝子でしょうか。その設計データを売ってARMはライセンス料を得ていますが、大きな特徴の一つが消費電力の少なさです。たとえば、パソコンを長時間使うと熱くなりますが、スマホはそれほどでもない。スマホのプロセッサのほとんどがARMの回路を採用しているからです」
目下、ITの世界には人工知能(AI)の波が押し寄せている。それを支えるのがデータセンターだ。
「データセンターの最大の課題は熱対策で、消費電力の半分は冷却に使われているといわれている。AIが主流の時代になれば、ARMの技術はますます重要になります」(同)
死角は?
「インフィニティ」のチーフエコノミスト・田代秀敏氏も言うのだ。
「これからのIT産業はARMとAIに強い米エヌビディアがけん引していくとみられています。その並外れた期待の大きさが時価総額に表れているともいえます」
死角がないわけではない。同社が米SECに提出した目論見書によると売り上げの4分の1が中国からのもので、SBGが株の約半分を握る「ARMチャイナ」を経由してビジネスを行っているとある。
「ところが、SBGはARMチャイナを掌握しているとはいえず、ARMチャイナの元CEOが経営権を巡って裁判を起こしています。なりゆきによっては、大きな損失を被るかもしれません」(前出の証券会社幹部)
ド派手に見えて危うい「船出」なのだ。
「週刊新潮」2023年9月21日号 掲載