急速な“テレビ離れ”の影響も

 ジャニーズ事務所の“廃業”に、相次ぐ大物芸能人の“独立”。ここ数年で芸能界の潮目が変わったのは誰の目にも明らかだ。芸能プロダクションはその渦中で新たなビジネス展開を模索しているが、令和に活躍するタレントにとって“所属事務所”は本当に必要な存在なのか――。様々な業界の情報を収集・分析している帝国データバンクは、2023年に<「芸能プロ」の倒産増、過去5年で最多>とのレポートを発表した。そこで、帝国データバンクの藤井俊情報統括部長に、ビジネスとしての芸能プロダクションの現在地について解説してもらった。

 ***

 先のレポートによれば、2023年の芸能プロダクションの倒産件数は12件を数え、過去5年で最多となった。さらに、壇蜜や吉木りさなどが所属していたフィットが今年3月に倒産し、吉岡里帆が所属していたエー・チームも4月に休業を発表した。なぜ23年以降に芸能プロの倒産や休業が激増しているのか。

「新型コロナが流行して以降、芸能プロはかつてない苦境に立たされました。外出自粛が叫ばれるなか、映画やドラマの撮影は中止となり、コンサートやイベントも開催できないためチケット収入やグッズの売り上げも激減した。若手タレントを売り出す機会もなく、多くの芸能プロはプールしていた資金・資産を取り崩しながら耐えるしかなかったと思います。その後、ようやくコロナ禍が明けたものの、ビジネスを再開するだけの運転資金を捻出できず倒産に至ったケースは少なくないでしょう」

 たしかに、芸能プロの倒産件数の推移を表したグラフを見ると、コロナ禍の始まった19年から22年までの倒産件数は意外にも低水準(資料ギャラリー内の画像を参照)。その期間をどうにか持ちこたえた企業が、ここにきて力尽きたということか。

「もうひとつ、アフターコロナに顕著な傾向として“テレビ離れ”が挙げられ、これも芸能プロの経営に大きな影響を与えています。実際、ここ最近はテレビ局の制作費削減に伴ってタレントの出演料が減少したり、番組自体が整理・終了を迎えたりするケースが増えていました。一方で、コロナ下の“巣ごもり需要”でAmazonプライム・ビデオやNetflix、ディズニープラスといったサブスクが一気に利用者を増やした。さらに、若年層を中心にSNSやYouTubeも娯楽として深く浸透していますからね」

芸能事務所が“円満退社”を強調したい理由

 Job総研が23年10月に、20〜50代の社会人男女を対象に実施した調査では、実に76.4%が“テレビ離れを感じる”と回答。また、テレビの1日当たりの視聴時間についての質問では、「ほとんど観ていない」が30.1%で最多となった。

「そうなると、テレビに軸足を置く旧来型の芸能プロのビジネスは行き詰まってしまうわけです。つまり、テレビでタレントを売り出して知名度を上げ、番組やCMへの出演料や、イベント収入で稼ぐというやり方が成立しづらくなってきた。テレビに出演するよりYouTuberやインフルエンサーの方が稼げるとなれば、タレント側も事務所の力を頼らずに個人での活動を選ぶようになる。それに、大手の動画サブスク企業が制作するオリジナルドラマも増え、事務所が強引に売り込まなくても実力のある人が活躍できる環境になってきた。ここ数年は若いタレントだけでなく、実力派俳優の独立も相次いでいますよね」

 堺雅人が22年に田辺エージェンシーから独立したのをはじめ、佐々木蔵之介や佐藤隆太、多部未華子、黒木華など、大物俳優の独立が増えているのは事実だ。

「いまは大手の事務所を辞めたからといって、まず“干される”心配はありません。2019年には公正取引委員会が、芸能事務所が退所したタレントの<出演先や移籍先に圧力をかけて芸能活動を妨害する>行為は、独占禁止法上の問題になり得るとの見解を示しています。にもかかわらず“干した”事実が発覚したら、ダメージを被るのは芸能プロの側でしょう。そのせいか最近は、“『円満退社』を強調したいのはタレントではなく事務所の方だ”という声も聞こえてきます。それこそ、独立したタレントがYouTubeチャンネルを立ち上げて、“辞めた事務所には長年、搾取され続けていました”“社長からのセクハラが耐えられなかった……”などと涙ながらに訴えたら目も当てられません」

いまの時代ゆえのリスク

 藤井氏は、芸能界においても「コンプライアンス問題に対する世間の目が厳しさを増している」と話す。

「芸能プロやタレントの新たなリスク要因として、コンプライアンスの問題が大きくクローズアップされているのは間違いありません。香川照之の性加害報道や、旧ジャニーズ事務所をめぐるスキャンダルなどは、いまの時代だからこそ大きく取り上げられた気がします。そして、タレントのスキャンダルについて世論が盛り上がると、所属事務所の屋台骨を揺るがすような事態になってしまう。タレントがCMに出演していたとして、そのスポンサー企業が芸能プロ以上にコンプライアンスに厳しいことは十分に想像できます。芸能プロにとってタレントは人的資産であり、“商品”でもある。“商品”をめぐってトラブルがあれば、当然ながら会社の責任が問われます。ただ、当然ながらタレントも人間なので、過去の行動や私的な交友関係について完全に把握するのは難しく、マネジメントの限界を感じます」

 コンプライアンスが重視される世の中では、その不確定な要素が、芸能プロにとってより大きな“リスク”になっているのだ。

「かつて東証1部に上場していた吉本興業は、2010年に上場廃止へと踏み切りました。島田紳助氏が反社会勢力との交際を理由として芸能活動を引退したのは、その翌年のことです。このとき、吉本が上場したままだったらどうなっていたでしょうか。株価への影響や、株主から訴訟を起こされる可能性もあった。仮に、現在も上場していたら、松本人志に関するスキャンダル報道は、会社にとってより重大な問題になっていたかもしれません」

新たな方向性を示す事務所も

 藤井氏によれば、「そもそも芸能人は“信用力”の面で厳しい立場にある」という。

「会社員の場合、定期的な昇給やボーナス、退職金などが見込めますが、浮き沈みの激しい世界にいる芸能人は、どれだけ知名度があっても未来の収入が保証されません。そのため、売れっ子芸人が住宅ローンの審査に落ちたというエピソードが定期的に話題になるわけです。そうした人気商売ゆえの苦労に加え、厳しいコンプライアンスまで求められたら……。品行方正を厳しく求められる風潮のなか、芸能界で勝負することを躊躇する若者が増えるのは当然かもしれません」

 そうなると、“芸能プロはオワコン”という声に納得してしまいそうになるが……。

「芸能プロは、イベントの企画・運営や、出演番組やCMの交渉など多忙なタレント活動のマネジメント、トラブルの対応などの必要性から不可欠な存在ではありますが、将来の市場の変化への対応が求められます」

藤井俊(ふじい・さとし)
株式会社帝国データバンク情報統括部長。1965年生まれ。商社、通販会社での商品開発を経て1993年に帝国データバンク入社。高松支店・岡山支店の企業信用調査部門を経て、2013年に広島支店情報部長、2023年4月から現職。景気動向や企業取材の経験を踏まえたわかりやすい解説・講演に定評。

デイリー新潮編集部