7月に始まった夏ドラマも間もなく終わる。観る側を強く惹き付けた勝ち組と存在が忘れられてしまった負け組の差がはっきりしていたのが特徴だった。プライム帯(午後7〜同11時)の全ドラマの中からベスト3を選んでみたい。

1位:TBS「日曜劇場 VIVANT」(日曜午後9時)

 自衛隊の非公然諜報組織である別班の乃木憂助(堺雅人・49)を主人公とする冒険活劇である一方、家族愛の物語でもあり、政治と社会のあり方を説いた社会派作品でもあった。

 最終回。テロ組織・テントの首領であるノゴーン・ベキこと元警視庁公安部の乃木卓(役所広司・67)は息子・憂助らの手を借り、バルカ共和国の悪徳政治家・ワニズ外務相(河内大和・44)を失脚させた。

 その後、日本に帰国し、自分と亡き妻の明美(高梨臨・34)、憂助をバルカに置き去りにした元公安部外事課課長で内閣官房副長官の上原史郎(橋爪功・82)への復讐を図る。置き去りから40年が過ぎていたが、恨みを忘れることはなかった。

「私の大事な家族を壊された。この憎悪は私の中から消えることはない!」(卓)

 ドラマチックだった。福澤克雄監督(59)はこの最終回から原作を書き始めたのではないか。上原によって置き去りにされたため、明美は拷問の末に亡くなり、憂助は人身売買に出された。卓でなくても恨みは消えないだろう。

 もっとも、憂助が卓を撃ったことによって、復讐は阻止された。すると、上原は助けてもらいながら、別班を強く非難する。シビリアン・コントロール(文民統制=政治家の指揮下にあること)が利かない組織であることから、「危険性を常にはらんでいる」と敵意を露わにした。政治家は思い通りにならないものを毛嫌いしがちだ。

こんな組織が実在してくれたら…と観る側に思わせる

 もっとも、これを聞いていた公安部外事課の野崎守(阿部寛・59)は「彼らは選ばれた人間です。誰よりもこの国を愛し、この国のために動いています」と庇う。さらに、上原が別班への介入をほのめかすと、「これ以上は慎まれたほうが。命取りになりかねません」と牽制した。事実上の脅しだった。憂助との友情からだろう。

 憂助ら別班は国士であり、権力者や売国奴のために命を張っているわけではない。今回は上原を助けたが、それは国の重責を担っていると判断したから。上原が国にとって害悪と考えた時には躊躇なく処刑するだろう。こんな組織が実在してくれたら……と観る側に思わせた。痛快だった。

 そもそも上原は、憂助が卓を撃ち殺したと安心しきっているが、卓は生きていると判断すべきだろう。憂助は別班の仲間4人を撃った7話と同じく、卓の急所を外したと見る。

 それを裏付けるのが、憂助が卓を撃った後、電話で義弟・ノコル(二宮和也・40)と交わした際の言葉。「墓はバルカに建てさせてほしい」と尋ねるノコルに対し、憂助は「皇天(こうてん)親(しん)無く惟(ただ)徳(とく)を是(これ)輔(たす)く」と答え、「花を手向けるのはまだ先にするよ」と続けた。

 この言葉の意味は「天は公平で贔屓せず、徳のある人を助ける」。バルカのために献身し、私心がなかった卓を殺せない。そう読み取るのが妥当に違いない。

 堺も阿部ら助演陣もその演技は素晴らしかった。特に役所の凄さをあらためて見せつけられた。カメレオン俳優という言葉が一時流行し、それが名優の条件のように思われたが、役所はカメレオンではない。

 役所が非凡なのは、優しさや温かさなどの人間性や貫禄などを全身から出せてしまうところ。たとえば、卓に対して大勢のテントの面々やテントの孤児院出身のバルカ警察・チンギス(Barslkhagva Batbold)が平伏するシーンなどに違和感は一切なかった。役所がカリスマ性を体現していたためだ。

 さすがは今年5月のカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞に輝いた人である。

2位:テレビ朝日「ハヤブサ消防団」(木曜午後9時)

 主人公のミステリー作家・三馬太郎役の中村倫也(36)や、映像ディレクターの立木彩役の川口春奈(28)ら出演陣の演技が出色だった。加えて、池井戸潤氏(60)の原作小説を大胆までに改変しながら、「郷土愛」や「家族愛」、「宗教心」などのテーマはそのままにした脚本も珠玉だった。

 「聖母アビゲイル教団」の聖母だった故・山原展子(小林涼子・33)の幻が7話から最終回にかけて登場したが、この設定は原作にはない。なぜ、展子が現れるのか。その答えがこのドラマのメッセージにつながっていた。

 8話。「隋明寺」住職・江西佑空(麿赤兒・80)は大勢の信徒たちを迎え入れる際、その集団の中に展子を見た。佑空と展子には血縁がないが、佑空にはかわいい義妹。佑空は展子を不幸から救ってやれなかったことを悔やみ続けており、その遺骨を故郷であるハヤブサ地区に戻してやりたかった。

 佑空は信徒たちを迎え入れることによって、教団が持っていた遺骨を返してもらえることになっていた。だから信徒たちの来訪は展子の帰還に思えた。佑空の強い家族愛が幻を見せた。

「この世に迷いが存在する限りアビゲイルは滅ばない」

 ハヤブサ消防団分団長の宮原郁夫(橋本じゅん・59)は、佑空が信徒を受け入れたことに対し、「あの、たわけ和尚が!」と憤った。この心情に共感できた人も多かったのではないか。

 展子のささやかな願いはハヤブサ地区に戻り、佑空と一緒に暮らすことだった。普通に考えたら宮原の憤りは正しいが、家族愛は理屈で説明できない。

 最終回。2代目聖母となるはずだった彩の前にも展子は現れた。聖母になる儀式に臨もうとしていた彩を、展子は引き留めた。

「カメラマンさんなんですね。よろしかったら、私も1枚撮っていただいてもいいですか。私がハヤブサにいた証を残したいんです。本当はずっとここにいたいけど、それは叶わないから。でも、きっと同じようにこの土地を愛する人たちが守ってくれますよね? 一つの家族のような、このハヤブサを」(展子)

 穏やかな口調だったが、激烈なまでの郷土愛が感じられた。この言葉を聞いてしまったら、彩は教団と自分によるハヤブサ地区の占拠など出来ないだろう。

 もちろん、この展子も幻。彩はハヤブサ地区が好きになっていた上、愛する太郎に2代目聖母にならぬよう説得されたから、展子が見えて、その言葉が聞こえた。彩自身が教団を離れようと思い始めていたから、展子は現れた。登場人物の心の中に展子がいるという設定であり、秀逸だった。

 最終回の終盤で次代の「聖母アビゲイル教団」を担うと思しき男女3人が現れる。これは教団顧問弁護士・杉森登(浜田 信也・44)の「この世に迷いが存在する限りアビゲイルは滅ばない」という言葉通り。ドラマからの警鐘でもあるのだろう。

3位:日本テレビ「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」(土曜午後10時)

 全編にわたってメッセージ性が強かった。その1つが「人を傷つける権利は誰にもない」。繰り返し強調された。

 9話。鳳来高校3年D組の鵜久森叶(芦田愛菜・19)が、クラスメイトの西野美月(茅島みずき・19)、金澤優芽(田鍋梨々花・19)、野辺桐子(田牧そら・17)によるいじめや嫌がらせに端を発して転落死したことが分かった。すると主人公の担任教師・九条里奈(松岡茉優・28)はクラス全員に向かってこう説いた。

「他愛もない話をする。その中に、ほんのわずかな想像力の欠如だけで、人は人の心に痛みを募らせることがある」(九条)

 世間に向けての言葉でもあったに違いない。文部科学省の2021年度調査によると、いじめの認知件数は過去最悪。全国の小中高、特別支援学校を合わせて61万5351件にも達している。職場でのパワハラ、SNSでの誹謗中傷も絶えない。

 九条はこの3人に向かっても厳しい言葉を口にした。半面、ドラマは3人の哀れな一面も浮かび上がらせた。それによって、現代の若者全体が置かれている恵まれない状況の一端が浮かび上がった。

 3人は鵜久森を死に追いやったことを責められるのを恐れ、自死を決意した。責任逃れのための逃避である。その前に好きなことをやろうと考えたが、カラオケとボーリングしか思い浮かばなかった。

「ないんだよなぁ、私たちの楽しみって。これくらいしか」(野辺)

 ブラック校則や行政などによる規制強化などによって、若者の自由度を狭めてきたせいでもあるのではないか。行政が若者から奪ったものの象徴例は東京・原宿のホコ天(歩行者天国、70年代後半〜90年代後半)だと思っている。

 鵜久森の死は傷ましいが、西野ら3人と江波美里(本田仁美・21)との友情には胸を突かれた。西野らが鵜久森の死の責任を取るために警察署に向かおうとしたところ、3人から格下扱いされてきた江波が駈け寄り、こう口にした。

「私たち、何があっても友達だよね?」(江波)

 江波は格下扱いされてきた上、気弱だから、控え目な物言いをしたが、本当は「私たち、何があっても友達だから」と言いたかったに違いない。

 出色の教育ドラマ、青春ドラマだ。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。大学時代は放送局の学生AD。1990年のスポーツニッポン新聞社入社後は放送記者クラブに所属し、文化社会部記者と同専門委員として放送界のニュース全般やドラマレビュー、各局関係者や出演者のインタビューを書く。2010年の退社後は毎日新聞出版社「サンデー毎日」の編集次長などを務め、2019年に独立。

デイリー新潮編集部