朝ドラことNHKの連続テレビ小説「虎に翼」の評判がいい。第1週、2週の平均視聴率も前作「ブギウギ」を超えた。この朝ドラがより面白くなる7つの豆知識を書き記したい。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

1:辞書にない現代の言葉づかい

 第6回の尾野真千子(42)のナレーションを聞き、ハッとした人は少なくないのではないか。

 1932(昭和7)年4月、明律大女子部法科に入学したばかりのヒロイン・猪爪寅子(伊藤沙莉・29)が学内で迷ってしまうと、尾野は「絶賛迷子中の寅子」と言った。第6回のことだった。昭和期まではなかった言葉づかいである。

『新明解国語辞典第七版』(三省堂)によると、絶賛は「最大級のほめかたをすること」。大正期に生まれた造語である。尾野のナレーションの絶賛は「この上なく」を表していたが、この意味で使われ始めたのは平成期に入ってから。今も『新明解』や『日本国語大辞典第二版』(小学館)などには載っていない使われ方だ。

 まだ説明されていないものの、尾野は現代人という設定なのだろう。寅子の後進の法律家か、あるいは子孫か。

 そうであろうが、正しい日本語を研究する「放送文化研究所」を持つNHKが、日本版スラングとも言える言葉づかいを用いるのは異例。親しみやすい朝ドラを目指しているからだろう。

 ちなみに制作統括は尾崎裕和氏。平安末期から鎌倉時代が舞台でありながら、北条時政(坂東彌十郎・67)が「首ちょんぱ」と言った大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(2022年)と同じである。

2:オープニング映像を制作した逸材2人

 アニメのオープニング映像が評判高い。着物姿の寅子が手にしていた六法全書が舞い上がり、同時に寅子が法服姿に変わる。

 その後は働く女性たちの歴史が映し出され、さらに寅子が4人の女性たちと輪になって踊る。相手は女給や女学生たちである。

 やがて現代の女性たちも加わってのダンスに。普段着姿の若者、事務員、医療従事者たちだ。

 この映像は伊藤とさまざまな立場の女性に扮したダンサーたちが実際に躍り、それをロトスコープでアニメーション化したもの。実写映像を下地にしてアニメを製作する技法である。

 振付は新進気鋭のダンスインストラクター・yurinasia氏(31)が担当した。福岡県水巻町でダンススクール「jABBKLAB」を主宰する女性だ。yurinasia氏のダンスはまずSNSで話題となり、それが発端となって菅田将暉(31)のミュージックビデオやカネボウのCMの振付を任された。

 オープニングのアニメにおけるダンスのモチーフは翼、水源、大きさ、希望、光。

「さまざまな時代を生き抜いてきた強くしなやかな女性たちをイメージして振り付けました。オープニングを見て、毎朝希望に満ち溢れるような朝を迎えてほしいです」(yurinasia氏)

 映像をロトスコープでアニメーション化したのはシシシヤマザキ氏(34)。この道の第一人者であるだけでなく、CGや陶芸や水彩画も手掛け、2018年には「Forbes」誌の恒例企画「30アンダー30アジア」(アジア版・世界を変える30歳未満の30人)のアート部門で日本人4人のうちの1人に選ばれた。

 そんな逸材2人によるものだけに、目を奪われるわけだ。

3:米津玄師による主題歌

 トップアーチスト・米津玄師(34)による主題歌「さよーならまたいつか!」も好評を博している。

「さよなら100年先でまた会いましょう 心配しないで」

 この下りは男女不平等の時代に絶望していた女性たちに向けられているのだろう。

 米津によるドラマ主題歌はTBS「MIU404」(2020年)の「感電」などに続いて5曲目だが、これまでの主題歌とは一味違う。

「寅子の生き様に思いを馳せ、男性である自分がどのようにこのお話に介入すべきか精査しつつ『毎朝聴けるものを』と意気込み作りました」(米津)

 ドラマの中には出来合いの楽曲を制作者とレコード会社との思惑によって主題歌に据えるものもあるが、米津の楽曲は完全書き下ろしである。

4:カギを握る場所、甘味処「竹もと」のモデルは?

 第5回には寅子の母親・はる(石田ゆり子・54)が東京地裁裁判官の桂場等一郎(松山ケンイチ・39)を叱り飛ばす場となり、第9回では寅子と明律大女子部法科の仲間4人が集まった甘味処「竹もと」。

 この店のモデルは東京・神田須田町にある「竹むら」と目されている。木造の入母屋造りで3階建て。座敷席もある。外観も内装もそっくり。明律大のモデル・明治大のある神田駿河台にも近い。

「竹むら」はお汁粉と揚げまんじゅうなどが人気で、食通で知られた作家の池波正太郎氏も愛した。しかし、創業は1930(昭和5)年であり、寅子が明律大に入った当時はなかった。

 一方、寅子のモデルである三淵嘉子さんは実際に甘味処に行くのが好きで、明治大専門部女子部法科に第4期生として入学後、仲間3人と東京・銀座の甘味処「銀座若松」に通った。こちらの創業は1894(明治27)年。「竹むら」と三淵さんの甘味処通いのエピソードから創作されたのが「竹もと」なのだろう。

 なお、「銀座若松」はテナントとして入る商業ビルの建て替え工事により、昨年末に130年の歴史に幕を下ろした。

5:女性の高等文官試験司法科(現・司法試験)合格率

 三淵嘉子さんは編入先の明大法学部を卒業してから約半年後の1938(昭和13)年11月、同級生の中田正子さん、1学年下の久米愛さんとともに高等文官試験司法科に合格した(合格者総数242人)。女性の合格者はこの3人のみ。東京朝日新聞(現・朝日新聞)が「快挙」と大きく報じたほどだった。

 愛さんは嘉子さんより3歳年上。司法科試験の合格時には結婚していた。戦後は戦争による貧困が原因で犯罪に走った女性たちなどの弁護に当たる一方、日本政府代表として国連総会に出席。公平な社会の実現を訴えた。

 正子さんは嘉子さんより4歳年上。戦後は弁護士として活躍し、同時に婦人雑誌で法律が絡む読者の悩みに答えた。

 当時の司法科試験の合格率は10%以下。戦後の司法試験の合格率も低く、1960年度は約4%、1970年度は約2.6%、1980年度は1.7%。「最も難しい国家試験」と言われ続けた。

 1992年以降は国がたびたび司法試験改革を行ったため、近年の合格率は20%台〜40%台。うち女性は2〜3割を占めている。

6:法服にも注目

 第8回から10回、寅子は男装の同級生・山田よね(土居志央梨・31)たちとともに民事訴訟を傍聴した。夫の暴力に耐えかね、離婚裁判を起こし、1審で勝訴した妻が、夫の家に残した母親の形見の着物などを返してもらいたくて起こした訴訟だ。寅子は傍聴席から妻に対し、「がんばれ」と声を掛けた。

 原告である妻の弁護人はお笑いコンビ・シソンヌのボケ役・じろう(45)、被告の立場の夫を弁護したのはツッコミ役の長谷川忍(45)。民事なので2人とも弁護士。その法服の刺繍は「白色」。潔白を表す。

 栗原英雄(58)が演じた裁判官の法服の刺繍は「深紫色」。尊厳を象徴している。今後、刑事裁判も登場するが、その場に出てくる検事の法服の刺繍は「深い緋色」これらは1890(明治23)年の勅令など史実に基づいている。

 ナレーションは現代の言葉を使い、分かりやすくしているが、美術は本物志向。法廷内も刑事裁判のときは裁判官と検事の位置が高く、弁護士は低くなる。戦前の不公平な裁判の一端が垣間見られる。

 ちなみに裁判官以外の法服は1947年に廃止され,検事と弁護士はバッジの着用のみとなった。

7:大テーマを表すファーストシーン

 ファーストシーンでは、1946(明治21)年に公布された日本国憲法の第14条を寅子が新聞で読み、肩を振るわせた。

「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」

 この物語の大テーマである、性別を含めた全ての不平等の解消と多様化の尊重を表していた。

 第11回からの第3週では寅子の仲間4人がどうして法曹界を志したのかが分かる。よねの男装の理由も。男女同権も多様化も程遠い世に苦しんだからだった。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。放送批評懇談会出版編集委員。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。

デイリー新潮編集部