伊藤沙莉(30)が主演しているNHK連続テレビ小説「虎に翼」の人気が続いている。もっとも、ドラマの見方は十人十色なので、一部には批判もある。その中には、この作品には政治色があると指摘した上で、冷評する意見もあった。「虎に翼」には政治色があるのか。また、ドラマに政治色があってはいけないのか。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

「虎に翼」に政治色はあるのか

 どんな連続テレビ小説にも批判は付き物。「あまちゃん」(2013年度前期)も放送時には賞賛一色ではなかった。

 ただし、「虎に翼」に政治的意図を感じるという声は意外だった。筆者はこの作品に政治色を一切感じない。伊藤が演じる主人公・猪爪寅子ら個人が、良き仲間や協力者を得ることによって、能力や人間性を高めていくエンパワメントの物語だと思っている。

 物語の下地には、性別や社会的身分などによる差別を認めないとする憲法14条があるが、かといって政治的ではないだろう。誰もが知り、守らなくてはならない国の基本法なのだから。米国ドラマの登場人物も合衆国憲法をよく口にする。

「虎に翼」に限らず、このところ「ドラマに政治を持ち込むな」という意見が目に付くようになった。放送法がそう定めているわけでないにもかかわらず、ドラマから政治色を感じさせるべきではないという空気が世間の一部 にある。

 そんな空気を気にする制作者もいる。特に民放の場合はそう。スポンサーが付きにくくなる恐れがあるし、SNSなどで攻撃されることを避けたいからだ。

 大正デモクラシーから言論弾圧の時代に向かった戦前とは事情が異なるが、ドラマの自由度は昭和期より狭まっているのではないか。

昭和期のドラマの政治色

 昭和期には政治色のあるドラマがいくつもあった。たとえば、故・早坂暁さんが脚本を書き、吉永小百合(79)が主演したNHK「夢千代日記」(1981年)である。このドラマは一貫して反核と平和を唱えていた。安全保障と外交に関わる問題である。

 吉永が演じた夢千代は胎内被爆者だった。白血病を患っており、医師から余命3年と宣告されていた。ちなみに、吉永は夢千代役をきっかけに、1986年から原爆詩を朗読するようになった。

 早坂さん自身、血縁のない妹・春子さんを原爆で失っている。春子さんは終戦間際、海軍兵学校(広島県江田島)にいた早坂さんに会いたくて、江田島に向かっていた。その途中、広島市で被爆死した。春子さんはもともと孤児で、早坂さんの両親の養女になると、早坂さんを強く慕うようになった。

「夢千代日記」には早坂さんの無念の思いが込められていた。当時、このドラマは国内外で高く評価され、政治色を批判する声はなかった。

 政治色のある昭和期のドラマを挙げたら、キリがない。朝日放送(当時はTBS系列)「お荷物小荷物」(1970年)は全体的にはホームコメディでありながら、シリアスな面もあり、天皇制や沖縄返還問題などが盛り込まれた。それを多くの視聴者側が受け入れ、世帯視聴率は30%を突破した。

 故・山田太一さんが脚本を書き、故・鶴田浩二さんが主演したNHK「男たちの旅路」(1976年)には高齢者の不遇への疑問、障がい者の自立を考えない社会への憤りなどが込められた。福祉政策が深く関わる問題だったから、やはり政治色があるという見方が出来た。

ドラマの自由度は昭和期より狭まっているのか

 時は流れて2022年、長澤まさみ(36)が主演した「エルピス ―希望、あるいは災い―」(フジ系・制作は関西テレビ)が話題になった。秀作だったと思う一方で、「ギリギリまで攻めている」と評する声が上がったのには違和感を抱いた。

 このドラマは冤罪の構図、政治家の権力乱用、さらにテレビパーソンの不正義を描いた。それが挑戦的だとされたが、杜撰な捜査と裁判による冤罪があることは 視聴者の大半が知っていること。政治家が清廉な存在だと思っている人も少数派に違いない。

 テレビパーソンが正義の人ばかりではないことも誰だって知っている。みんなが知っていることを描いただけで「ギリギリまで攻めた」ドラマと言われた。やはりドラマの自由度は昭和期より狭まっているのではないか。

 また、「虎に翼」、「エルピス」のように硬派な面がある作品ほど政治的と言われやすいが、実際にはドラマの多くに政治色がある。ドラマには今の時代が投影されるから、当然である。

 たとえば、現在放送中で生見愛瑠(22)が主演しているTBS「くるり〜誰が私と恋をした?〜」(火曜午後10時)はラブストーリーだが、やっぱり政治色があった。

 第1回。生見が演じる主人公が、派遣社員を都合の良い存在と捉える同僚たちに憤った。派遣社員制度は1986年にスタートしたが、いまだ派遣社員側に不利だとの批判が根強い。主人公の憤りは労働政策批判とも言えたが、このドラマは糾弾されない。不公平だ。

 劇作家で演出家の鴻上尚史氏(65)は5月7日、文化に政治を持ち込むなという声について、X(旧ツイッター)でこう意見した。

「結局、『ドラマに俺の気に入らないことを持ち込むな』『歌に私が反対してることを持ち込むな』と言うことだと思います」

 そうなのかも知れない。しかし、スポンサーが空気の存在を気にすることに変わりはない。ドラマの幅が狭まりかねない。

NHKらしさの回復

 一方でスポンサーの存在を気にしないで済むNHKは最近、政治色があると指摘されそうなドラマを果敢に放送した。5月6日の単発ドラマ「むこう岸」である。

 登場したのは、エリート私立中を落ちこぼれて退学した心やさしき男子中学生・山之内和真(西山蓮都・15)、生活保護世帯であるためにクラスメイトから酷い嫌がらせを受け、自宅では母親と妹の世話をしている女子中学生・佐野樹希(石田莉子・18)、父親の家庭内暴力のトラウマで言葉を失ったハーフの少年・渡辺アベル(サニーマックレンドン・14)。それぞれが政治や行政、地域社会、家庭からの庇護を受けていなかった。

 特に考えさせられたのは樹希のこと。クラスメイトから「生活保護はずるい」「みんなに養ってもらっている」などと嘲笑されたため、悔しさから「生活保護」と胸に大きく書いたTシャツを着て、「皆さん、養ってくれてありがとうございます!」と声を張り上げた。

 生活保護世帯の子供へのいじめは実際にある。生活保護が憲法第25条の「生存権」に基づく正当な権利であることが啓蒙し切れていないからだろう。政治と行政の配慮不足を感じさせた。

 また、樹希は看護師になることを夢見ていたが、ケースワーカーから進学の道があることを説明されなかったため、あきらめかけていた。これもよくある話。ケースワーカーの数が足りていないことなどが理由だ。政治と行政の責任を暗に示した。

 クラスメイトから侮辱されたため、樹希は卑屈になる。それを救ったのは塾講師で元ケースワーカー・湯川紗季(山下リオ・31)の言葉だった。

「(生活保護は)国からの投資なんだよ」

 国の説明やニュース番組の解説より明解だった。ドラマには物事を分かりやすく伝えられるという長所がある。政治色があると批判されようが、このようなドラマを絶やすべきではない。

前会長の敷いた路線を一掃

 最近のNHKは民放がやれない、やらないテーマを次々とドラマ化している。終末医療を描いた「お別れホスピタル」(2月終了)、若い女性のワーキングプア問題や不妊問題などを描写する「燕は戻ってこない」(火曜午後10時)などである。

 昨年1月に退任した前田晃伸前会長(79)=元みずほフィナンシャルグループ社長・会長=の敷いた路線が一掃されたことが大きいだろう。前田氏の路線の1つは若者の重視だった。これにより、2022年には健康情報番組「ガッテン!」が打ち切られ、数々のバラエティ番組が誕生し、一方で硬派ドラマが目立たぬようになった。

 前田氏は将来の受信料を担う若者にすり寄ったのである。しかし、NHKを観る若者は増えなかった。一方で同局らしいドラマが減ってしまっていた。

 民放では硬派ドラマが絶滅寸前だ。その分、NHKが制作するべき。政治色があると受け取られようが構わないのではないか。それが視聴者の利益につながると考えるのなら。

 この問題を考えるとき、寅子なら、「表現の自由」を保障した憲法第21条を持ち出すだろう。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部