彼の地におけるタイトルは「SPIRITED AWAY」。スタジオジブリの宮崎駿監督(83)が手がけ、世界的なヒットを記録した「千と千尋の神隠し」が形を変えて海を渡った。2年前に日本で初演され大好評を博した、人気舞台の英国公演である。

 演劇担当記者が解説する。

「5月7日、英国のロンドン・コロシアムで本公演が開幕しました。キャストはすべて日本人。ヒロインの10歳の少女・千尋役は、初演の時から演じている橋本環奈(25)、上白石萌音(26)の二人に、川栄李奈(29)と福地桃子(26)が加わりました」

アンダースタディとは?

 現地での公演は8月24日まで続く長丁場。主催者側は主人公のキャストを増やして対応したという。

「3月の東京・帝国劇場における公演に続き、今回も千尋役にはアンダースタディが用意されました。若手の森莉那(まりな・27)で、主にミュージカルの世界で実績を重ねてきました。女優としての知名度はイマイチですが、テレビドラマへの出演経験も少なからずあります」

 アンダースタディとは、主役級の俳優が体調悪化やケガなどで出演が難しくなった時に備え、公演期間を通して待機する俳優のこと。本役と同じ稽古をこなし、本番同様のリハーサルにも参加するものの、不測の事態が起こらない限り出番は巡ってこない。

「ところが今回、森は9公演で千尋を演じることになりました。ロンドン公演は前売り段階からチケットが飛ぶように売れており、あまりの驚異的な売り上げに、上演期間が5週間ほど延長されたからです。千秋楽までの公演数は135回に達する。慣れない異国での長期戦とあって、キャストへの負担が考慮され、“補欠”のはずの森にも檜舞台に立つ機会が巡って来たというワケ」

 無論、異例の措置という。

「帝劇での公演では、千尋を助ける少年ハクや湯婆婆(ゆばーば)役のアンダースタディが舞台に立つ機会がありました。千尋役では初演の際、橋本と上白石が異なる時期にコロナウイルスに感染して休演したんです。ただ、この時は二人が互いの穴を埋めて乗り切ったため、アンダースタディの出番はありませんでした」

“5人で千尋を作っていきます”

 粋な計らいか、単なる台所事情か。ともあれ、森の抜てきの背景には、異国ならではの事情も絡んでいた。

「日本で知らない人はいない橋本や上白石も、英国ではほぼ無名。それだけに、ロンドンでは千尋役が誰であろうとも、観客動員には影響はない、との判断が働いたようです」

“ミュージカルの本場”で千載一遇のチャンスを手にした森。どんな女優なのか。

「これまで大劇場におけるミュージカル『デスノート THE MUSICAL』『ローマの休日』などにキャスティングされたが、いずれも役名のないアンサンブルでの出演。テレビは、令和元年に放送されたNHK大河ドラマ『いだてん』をはじめ、携帯電話のCMなどに顔を出しています」

 公演に先立ち、4月中旬からロンドン入りしていた森は、自身のSNSに劇場の写真とともに“この場所に立たせていただくことの嬉しさと責任感を感じております”と投稿していた。

 そんな森を、何かと気にかけているのが1歳年下の上白石だという。

「今年2月の製作発表会見には、森以外の千尋を演じる4人が出席しました。そこで上白石は“ここにいる4人に加えて、アンダースタディの森莉那ちゃんと5人で千尋を作っていきます”と、わざわざ会見場にいない森の名前を口にした。芸能界では珍しい、優しさを感じる配慮でしたね」

 無名女優の英国デビューは、新たなシンデレラストーリーの始まりとなるか。

「週刊新潮」2024年5月16日号 掲載